第137話協会は探索者を使い捨ての駒のように扱っていると思わないか?

「ちょっと、待ってください」


 近くには探索協会の職員がいる。この場で話すのは不味いと思った正人は、里香に一言告げてから建物の外に出た。


 周囲には誰もいないことを確認してからスマホを耳につけると、ユーリとの会話を再開する。


「どこにいるんですか? 今、何しているんですか?」

「その様子だと、協会の職員からある程度は聞いているみたいだな。順番に答えてやる」


 犯人が自分だと疑われているのにもかかわらず、ユーリは笑っていた。追い詰められたもの特有の、覚悟が含まれているように感じられる。


 モンスターの出現にユーリが絡んでいる。

 外道に堕ちたと正人は確信した。


「俺がいるところは関西の方だな。川戸と一緒に新しい研究所を襲う予定だ」

「研究所?」

「そう。探索協会がモンスターを地上に移送し、極秘裏に生体実験を繰り返している施設だ」

「な!? そんなことを、協会が……」


 表でモンスターは地上に出ない、ダンジョンは安全だと力説しながら、裏では危険な研究を続けていたと知り、正人は衝撃を受けていた。


 言っていることと、やっていることが違う。

 やはり探索協会は信用できないと改めて感じる。


「で、俺は研究所に侵入してモンスターを解放しているんだよ」

「役員の方がユーリさんを犯人だと思っているようでしたが、事実だったんですね」

「ああ、間違いなく犯人は俺だ。これからもっと、混沌とした世界を作るからな。楽しみにしておけ」


 残酷な話をしているのに、ユーリの声は明るかった。既に何人もの人が死に、社会が混乱している。それなのに楽しんでるのだ。沖縄で一緒にダンジョンを探索したユーリと同一人物とは思えない。


「なぜ、そんなことするんですか?」


 だからだろう。変わってしまった理由を知りたくて、正人は質問した。


「協会は探索者を使い捨ての駒のように扱っていると思わないか?」

「……はい。あります」

「特にお気に入りになった探索者は、無茶な強制依頼を受けさせられる。俺の仲間はそれで何人も死んだ」


 ユーリの仲間と聞いて、正人が真っ先に思いだしたのは宮内仁や古井和則だ。


 復元のスキルをもつ探索者と戦い、死んでしまった二人は、ユーリとの付き合いが長かった。


 普通にダンジョンで探索して死んでしまうなら納得も出来るが、探索協会の強引な依頼によって死んでしまえば、恨んでも不思議ではない。しかもユーリは過去に似たようなことを、何度も経験しているだろうような言い方をしている。


 探索協会の強制依頼によって仲間が何度も死に、自分だけ生き残ってしまった。


 その悲しみは新人の正人が想像できるほど軽いものではない。

 経験者にしかわからない重みがあった。


「断れなかったんですか?」

「協会が断れるように動くと思うか? 相手の弱みを握って追い詰め、従わせるぐらいはするだろ」

「…………」


 否定出来なかった。

 正人も警告という形で、強制的に従わせる姿勢を見たことがあるからだ。


 さらに美都の存在もユーリが話した内容に説得力を持たせる。安全を保障する代わりに軟禁し、強奪スキルを使わせて人殺をさせ続けている。


 利益のためなら何でもする。それが探索協会なのだった。


「相手は政府にすら圧力をかけられる組織だ。個人で太刀打ちできるわけがない」

「どうしてそれが、モンスターの解放につながるんですか?」

「圧倒的な強者を倒すのに必要だからだ」


 個人が組織に立ち向かっても、大抵の場合は潰されて終わるだろう。世論を味方につけようとしても相手は探索協会。騒動を起こした探索者は、ダンジョン探索中の事故として殺されてしまうのが目に見えている。


 それに、だ。ユーリは自らの手で組織を潰して、死んでしまった仲間や今も探索協会に縛られている探索者を解放したいという、独善的な思いが強い。他人に任せるつもりはないのだ。


「まさか、モンスターを地上に放ったことを協会の責任にするつもりで?」

「そのとおりだ。研究所の映像もいくつか撮っている。これをネットに公開したら楽しいことになるだろうな」

「世論は大きく動きますね」

「協会の権威は地に落ちるだろう」

「逆に探索者の地位は向上すると」

「いい読みだ。モンスターの脅威から守ってくれる探索者、しかも強いヤツは今まで以上に重宝されるだろう。それこそ組織より立場が上になるかもしれない。俺たち探索者の時代が訪れるんだッ!」


 ユーリはモンスターの脅威を街中に広め、それを自分たち探索者が解決することを望んでいる。正人の脳裏には、マッチポンプという言葉が浮かんだ。


「そのために、多くの人たちが犠牲になるんですよ?」

「革命には多くの血が必要。そういうことだ」

「そんな勝手な!」

「お前と議論するつもりはない。俺は探索者を消耗品のように使っていた協会に復讐したいだけだからな。それ以外のことは、正直どうでもいい」

「…………」


 そこまで言い切ってしまったユーリに、正人は言葉が出てこない。

 もう常人が理解できる範囲を越えてしまったのだ。誰が何を言っても、死ぬまで止まることはないだろう。


「モンスターは自然繁殖もすることがわかっている。しかもネズミみたいにはえーぞ。地上に逃げ出した数を考えれば、撲滅は難しいだろうな」


 最悪の未来を語ったユーリは、ずっと笑い続けていた。


 ダンジョン内で生まれたモンスターは、繁殖はせずに、死ぬと黒い霧になって消えてしまう。だが外に出たモンスターは違う。


 繁殖する上に、子供たちは実体をもつ。死ねば死体が残る生物に変わるのだ。


 長く生きれば狡猾になるし、組織的に動くモンスターも出てくるだろう。時間がかかるほど、討伐の難易度は上がっていく。


「大切な人を守りたいなら、今のうちから対策しておけ…………元気でな」


 会うことはないだろう。

 そんな意味が含まれた言葉だった。

 返事をする前にユーリは通話を切ってしまう。

 正人の耳には、ツーツーと終了音だけが聞こえていた。



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