第136話ユーリの行方がわからない。知っているか?

 探索協会の役員と呼ばれた男は、会議室に入るとコの字に並んだ机を通り、奥に置かれた椅子に座る。正人と里香は立ったままだ。二人が椅子に座るか悩んでいると話しかけられる。


「聞きたいことがある」


 どうぞ座ってください。そんな言葉すらなく、一方的に質問してくるとは。正人は不快感が膨れ上がっていくのを感じる。マナーなんて無視して勝手に座ってしまおうか。正人がそんなことを考えていると、役員の男が質問をする。


「ユーリの行方がわからない。知っているか?」


 言葉を聞いた瞬間、正人の脳内ではモンスター流出事件にユーリが関わっているのではないかと感じた。


 無茶な依頼で仲間を殺された経験のあるユーリは、探索協会に反抗的な考えを持っていた。正人の中では確信めいた予感がある。モンスターが東京に出現した事件と、無関係だと考えるのは楽観的すぎるだろう。


 ユーリはなにか大きな事件を起こした。そう考えて行動したほうがいいだろう。正人は決断を出すと、里香には不用意なことを言わないように、目で合図を送ってから回答する。


「私たちは、東京ダンジョンを出てきたばかりです。ユーリさんがどこにいるかはわかりません」

「道理だな」


 短く返事をした役員は、里香を無視して正人を鋭い眼光でにらみつける。

 隠し事、嘘は一切許さない。そんな言葉を代弁しているようだ。


「ダンジョン探索前だったら、どうだ?」


 二人は空気が物理的に重くなったような感覚を覚えた。

 レベル三にまで達した正人を威圧できる人間が、普通であるはずがない。


「俺は正直者が好きだ。嘘だけはつくなよ」


 役員の男はスキルを使って、周囲に光る矢を浮かべる。見せかけの脅しとは思えない。隣には守るべき仲間もいることもあって、正人は誤魔化すことを諦めた。


「一度だけ、通話しました」

「どうやら私は、君のことを大好きなままでいられそうだ」


 笑顔を向ける役員を見ながら、正人は誰にも言っていないユーリとの通話を把握されていることに気づいた。


 答えを知っているのに、質問をした理由は明白だ。探索協会に従順なのか試されたのだ。嘘を言ってしまえば、ちょっと頑丈な使い捨ての道具として、無茶な強制依頼を受けさせられたことだろう。


「で、何を話した?」


 別にやましい話はしていない。ダンジョンで見つけたドロップ品を、パーティ内で取引しただけ。法にも反していない。


 何を疑われているのかわからないが、正人は仲間の安全を守るためにも身の潔白を証明するべきであると感じていた。


「沖縄ダンジョンを探索した際に見つけたドロップ品の分配について話していました」

「ドロップ品? 協会の買取所には魔石の提出しかなかったようだが?」

「ポーションの類だったので」

「なるほど……自分たちで、いや、ユーリが使うためにパーティ内で売買したと」

「はい」


 役員の男が黙った。


 探索協会にすら報告していないスキルや謎のポーションで能力が上がれば、ユーリ一人でも研究所を襲うことは可能かもしれないと、考えているのだ。


「ユーリとは仕事以外の話はしていない、と?」

「はい」


 余計なことは言わず短く返事をすると、正人は口を閉ざした。


 聞かれたことにはすべて正直に答えた。正人はこれで解放されると思っていたのだが、役員の話はまだ続く。


「ユーリは協会に対して重大な規約違反を犯している。君に被害が行かないようにするためにも、正しい情報が必要だ。何か思い出すことはないかね?」


 正人のためと言っているが、これは隠し事は絶対に許さないといった、脅しだ。


 もしその場しのぎの嘘を言っても、探索協会の力を総動員すれば大抵のことは調査可能である。不用意な発言をしてしまえば要監視対象になるのは間違いない。ユーリとの関係次第では、懲罰部隊が動く可能性もある。


 そうなってしまえばダンジョン探索など行えない。間違いなく正人は探索協会にある地下室に監禁され、自白するまで酷い拷問を受けるだろう。最悪、里香たちも巻き込む可能性もある。たとえ僅かであっても、そういった可能性は避けなければならない。


「ポーションについて、一つ伝え忘れていたことがあります」


 黙ったまま、役員の男は目線だけで話の催促をする。


「ユーリさんが調べても、何の効果があるかわからなかった、そう言っていたのを思い出しました」

「調べても、わからなかった、か……」


 探索者として経験豊富なユーリは、幅広い人脈を持っている。探索協会を通さずに未知のアイテムを調べる伝手もあることぐらい、役員の男も把握していて、それを見逃していた。


 調査した人間を問い詰めれば、ユーリの行方がわかるかもしれない。

 役員の男はスキルを解除するとスマホを取り出す。


「私だ。ユーリが懇意にしている鑑定屋を調べろ」


 一方的に命令するだけで通話を切ってしまった。

 スマホをしまうと正人を見る。


「とりあえず、今日はこのぐらいにしておく。聞きたいことができたら谷口から連絡させるから、必ず出るように。また、モンスター退治を依頼する可能性もあるので、事件が解決するまでダンジョン探索は禁止だ。いいな?」

「わかりました」


 冷夏たちのこともあってしばらく探索する予定はなかったので、役員の男が出した条件を承諾した。


「それでは、失礼します」


 頭を下げて正人と里香が部屋から退出した。ドアがバタンと音を立てて閉まる。


 二人は細い通路を歩いて買取所のカウンターに戻っていると、正人のスマホが振動した。ディスプレイを見る。非通知で相手はわからない。


(嫌な予感しかしない)


 が、出るしかないだろう。覚悟を決めて通話ボタンをタップしてから、スマホを耳につける。


「よう、元気だったか?」


 ユーリの声が聞こえたのだった。

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