第135話やっっと出てくれた! そっちは大丈夫!?
無事にアイアンアントクイーンを討伐し、レベルアップまで果たした正人たちは、補給所で事の顛末を伝えてから地上に戻った。
リュックにはアイアンアントクイーン二匹分の魔石と外殻が数枚、アイアンアントの魔石が大量に入っている。
想像していた以上の成果だ。売上にも期待が持てる。正人たちの疲労は残っているもの表情は明るい。
売上に期待してダンジョン近くに併設されている換金所に入ると、いつも以上に騒がしく、怒声が飛び交ってしまうようなピリピリとした空気に包まれていた。
「何があったんだ……?」
正人の呟きに答えられる人はこの場になかったが、代わりに地上に出て電波を拾ったスマホが振動する。取り出して画面を見ると、弟の春からだった。
「電話にでるね」
三人に断りを入れてから通話ボタンを押した。
「やっっと出てくれた! そっちは大丈夫!?」
「だ、大丈夫だけど……」
いつも落ち着いた話し方をする春だったが、今は焦っているようで、落ち着きがない。後ろからは烈火が叫んでいるような声も聞こえており、尋常では雰囲気きだ。
「よかった! 正人兄さんはダンジョンから出てきたばかり?」
「うん」
「その感じだとニュースを見てなさそうだね」
「その通りなんだけど、何があったの?」
「東京にモンスターが出現して、一般人を襲ってるんだ」
「え……」
政府によってダンジョンは厳しく管理されている。入り口には頑丈な扉が設置されており、そこにはレベル持ちの人間が最低でも数名が待機している。もしモンスターが地上に出ようとしても、簡単に逃げ出せない仕組みになっているのだ。
ダンジョンは安全。
探索協会が常に言っていることで、事実、適切に管理されるようになってから一度もモンスターが地上に出たことはなかった。
その安全神話が崩れたのだ。
市民の受ける衝撃は計り知れないほど大きい。
「春や烈火は大丈夫なの!?」
「うん。僕たちの所は大丈夫。東京の23区外で暴れているみたい。今、レベル持ちの人たちが対応しているみたいだから、すぐに終わるんじゃないかな」
ダンジョンの外なので銃器も使える。ようやく状況を理解した正人は、レベル持ちの警察官や自衛隊が対応しているのであれば大丈夫だろうと、安堵した。
「そっか。それなら、大丈夫そうだね」
「うん。でも解決はしてないから、正人兄さんも十分に気をつけてね」
「もちろん。もうすぐ家に帰れるから、それまでは出歩かないように」
「わかった。烈火にも言っておく」
「よろしく」
通話を切ると、後ろにいるパーティーメンバーを見る。冷夏が困惑の表情を浮かべながら通話をしていた。
「わかりました。はい、すぐに戻ります。ヒナタも一緒です」
「このときのために、あんたたちを引き取ったんだから! 役に立ちなさいッ!」
離れていてもスマホから声が漏れて、正人の耳にまで届いた。通話相手は双子の保護者をしている英子だ。借金の話を聞いてから、正人は自分勝手な性格をしているなと感じていたが、緊急時においてその本性が表に出てしまったようだ。取り繕うようなことはせずに、自らの要求をストレートに伝えている。
立場上、断りにくい冷夏は素直にうなずくしかない。
「はい。頑張ります。それでは急ぎます」
小さなため息をはきながらスマホを顔から離して、通話終了ボタンをタップする。顔を上げて正人を見た。
「モンスターが街中に現れたようで、叔母からすぐに戻ってこいと言われました……」
アイアンアントクイーンを倒した直後よりも疲れていそうな表情をしている。危うい儚さも感じさせて、この関係を長く続けるのはよくないと、正人は改めて感じた。
「わかった。換金はこっちでやっておくから」
「ありがとうございます」
頭を下げて礼をいった冷夏は、ヒナタを連れて換金所を出て行ってしまった。武器を持ち歩いて電車には乗れないので、帰りはタクシーに乗る必要があるだろう。
アイアンアントクイーンを倒した達成感など吹き飛んでいる。また余計な出費をしてしまった。冷夏やヒナタはそんな後悔に似た気持ちを抱えていた。
「里香さんはどうする?」
「ワタシには心配する人はいないので、一緒にいます」
児童施設で育った里香には、家族と呼べるものはいない。友達も冷夏やヒナタだけなので、モンスターが暴れていようが急いで帰らなければいけない理由がないのだ。
「そっか。じゃあ、手続きだけして早く帰ろう」
二人はカウンターに近づくと受付の席に座っている女性に話しかける。
「換金をお願いしたいのですが」
「あ、はい。換金する物と免許をお見せ下さい」
指示された通り、正人はダンジョンで手に入れた魔石とアイアンアントクイーンの外殻などをカウンターに置き、最後に探索者免許を取り出して渡す。
受付の女性は受け取ると読み取り用の機械に入れて、偽造のチェックをしていると表情が硬くなった。
「す、すみません。少し離席します」
返事を聞くことなく受付の女性は慌てて立ち上がると、奥に行ってしまった。
あっけにとられている正人と里香は待つしかない。
しばらくすると、中年の男性を連れて戻ってきた。黒いスーツにオールバックの髪型。室内だというのに黒いサングラスをかけており、顔には深いシワがいくつもある。
「この方は協会の役員で、正人さんにお話があるそうです」
「…………換金はどうしますか?」
「作業は進めてますので、ご心配なく」
そう言われてしまえば、正人に断る理由はない。自らが所属する役員の機嫌を損ねる愚行を知っているため、唐突な半強制のお願いではあるが受け入れることにした。
「わかりました」
正人の同意が得られたことがわかると、役員の男性は一言も発することなく打ち合わせ室に向かって行く。失礼な態度に正人は多少の腹を立てたが、表に出すほど子供ではないので、グッと飲み込み里香と一緒に黙ってついて行くことにした。
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