第134話撃てッ!!!!

 アラクネは、広島ダンジョンの地下十階に出現する。


 地上に運び込まれたモンスターの中で最も強力なのだが、頑丈なアダマンタイト製の鎖につながられて身動きが取れず、研究材料として様々な実験に付き合わされていた。


 不幸なことは、アラクネは十歳児程度の知性があったことだろう。自分がどのような状況なのか、正確に理解できてしまっているのだ。人類に対して強い恨みを蓄積しており、虎視眈々と復讐の機会を待っている。


◇ ◇ ◇


 ユーリが後をつけている研究職員に、一人の女性が近づく。

 白衣を着ていることから同業だというのがわかった。


「今日はどんな実験をするので?」

「モンスターの耐久力を調べる。十階層のモンスターに、重火器がどの程度通用するのか確認するぞ」

「承知しました。これから準備します」


 ユーリは追跡する相手を変えて、指示を聞いて立ち去る女性の後を付いていくと、アラクネを上から見下ろせる部屋に入った。


 モニターがいくつもあり、部屋の入り口や各モンスターの状況をモニタリングできるようになっていた。またマイクや各施設の開閉ボタン、パソコンなどといった機材が設定されており、ここだけで部屋のすべてをコントロールできるようになっている。


 女性の研究者は、コツコツとヒールの音を立てながら歩き、内線専用の電話を取ると口を開く。


「警備隊十名をこっちによこして。装備はマシンガンと対物ライフル。細かい種類は任せるわ」


 用件を伝えると電話を受話器に戻す。

 部屋を出ようとしたところで、女性の研究員は口から血を吐き出して倒れてしまった。叫ぼうとするが、喉からせり上がってきた血によって言葉にならない。


「ゴフォ、ゴフォ、ゲフォ」


 咳き込みながら後ろを振り向くと、血に濡れた短槍と仮面をつけたユーリの姿が目に入り、目を見開いて絶命してしまった。


 攻撃したことによって『透明化』の効果が切れてしまった。だが、問題はない。人が来る前に、女性の首にかけられている写真付きのカードを奪い取ると、開閉ボタンの近くにある読み込みリーダーの上に置く。


 ピッと、読み取り音が出た。

 ユーリはモンスターを閉じ込めている檻を解放するため、ボタンを押す。

 館内にけたたましい警報音が鳴ると、モニターに映っていた研究所の職員が慌ている姿が見えた。


 ――透明化。


 ユーリは再びスキルを使うと、姿を消してから部屋を出る。


 部屋中でモンスターが暴れており、研究所の職員は逃げだそうとして混乱していた。そんな中、ユーリは周囲を観察しながら歩き、アラクネがいるガラス張りのフロアに入った。


 他のモンスターとは違って鎖につながれているため、身動きが取れない。

 部屋の隅にあるカードリーダーに、先ほど奪い取ったカードを当てる。


 またしてもピッと、読み取り音がなった。

 拘束具が外され、アラクネは叫び声を上げる。


「シャァァアアアアアアア!!!!」


 怒りを含んだ叫び声で注目を集めたアラクネは、八本の足を動かして走り出し、近くにいた職員の胸を何度も貫いて穴だらけにしていく。惨劇を目にした職員は悲鳴を上げて腰を抜かした。アラクネが次のターゲットに選んで、攻撃しようと足を持ち上げた。


「パンッ」


 乾いた音が鳴るとアラクネの頭に銃弾が当たった。表皮を浅く切るだけで、ダメージは与えてない。


 アラクネが顔を向けると拳銃を持った警備隊の男がいた。防弾チョッキに防弾ヘルメットをかぶっており、後ろにはマシンガンを持った男が九人いる。


「撃てッ!!!!」


 号令と共に銃弾がアラクネに雨のように降り注ぐ。下半身は銃弾を弾くほどの堅さをもつが、上半身は銃弾によって傷が付いてしまう。重傷とまではいかないが、痛みによって身動きはとれない。その間に拳銃を撃った警備隊の男が、対物ライフルを取り出して、放つ準備をしていた。


 さすがのアラクネでも直撃してしまえば、致命傷は避けられない。都合の悪い展開になりそうだと感じたユーリは、対物ライフルをもつ男の首を短槍で突き刺した。


 突然現れたユーリに警備員の視線が集中。その一瞬の隙を突いてアラクネが、警備隊に向けて糸を吐き出して、三人ほど絡め取ってしまった。床をズルズルと引きずられていく仲間を助けようとして、残った男たちは銃を構える。


「させねーよ」


 レベル四になった肉体を駆使して、ユーリは次々と短槍で首を突き刺して、殺していく。すぐに、アラクネを襲っていた警備隊は全滅してしまった。ついでといわんばかりに、ユーリは透明化のスキルをつかってから、他のモンスターと戦っている警備隊も次々と刺していき、排除していく。


「おいおい、ここはダンジョンじゃないんだぞ。どうなってるんだ?」


 警備隊の次に入ってきたのは、探索協会が抱えているレベル持ちの引退探索者だ。モンスターが逃げだそうとしたときの切り札として用意されていて、全員がレベル二以上ある。そんなメンバーが五人きたのだ。


 今までであればユーリ一人で戦って勝つのは難しかっただろう。だが、今は違う。沖縄ダンジョンで発見したポーションを飲んで、レベル四になった。簡単には負けない。


 引退探索者たちが動き出す前に背後へと回ったユーリは、覚え立てのスキルを使う。


 ――復讐者。


 これは復讐対象――復讐したいと思っている組織に所属している人物と戦う場合、能力が一.五倍される恐るべきスキルだ。指示を出している中心人物に対して短槍を突き出すと、防具を突き抜けて心臓まで到達する。


「なッ……お前……」


 驚愕した顔を浮かべる男に対して、ユーリが口を開く。


「協会とそれに従う探索者、そのすべてが敵だ。この場で死んでもらおう」

「お前が死ねぇ!!!!」


 挑発にのった別の男が襲いかかる。しかし、ユーリの蹴りによって吹き飛んでしまい、防具は破壊され、骨は何本も折れてしまった。残った三人は圧倒的な実力差を感じて、後ずさりする。


「逃げられると思うなよ。皆殺しだ」


 宣言したユーリが暴れ出す。

 誰も止めることは出来ず、探索者は一分も経たずに全滅してしまう。


 ユーリは再び『透明化』のスキルを使って姿を隠すと、邪魔者がいなくなったモンスターたちは研究施設から逃げ出してしまった。


 地上にモンスターはいません。ダンジョン外は安全です。


 世間に、そう宣伝していた探索協会は、対応に追われることとなる。


 最初は事件を隠蔽しようとしたが、都内にモンスターの目撃証言がでたことで諦める。次にレベル持ちの探索者を派遣して鎮圧に動くが、ユーリに邪魔されて二度失敗。その間に、他の研究所も襲われてしまい開放されたモンスター、そして被害を受けた人の数は増えていくばかり。


 正人がダンジョンに潜っている間に、地上は大きな混乱が生じていた。

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