第133話レベル……アップ……

(このままだと死ぬ)


 抵抗する手段がないかと必死に考えを巡らせ、切り札の存在に気づく。右手を僅かに動かしてポケットに手に入れと、アイアンアントクイーンが残したスキルカードに触れた。


 覚えると念じるだけで、スキルカードの効力は発揮された。正人は体内に力が満ちるような感覚を得て、同時に魔力が僅かに回復する。


『毒霧:強力な酸性の霧を放つ』


 手に入れたのはアイアンアントクイーンが使っていた『毒霧』のスキルだった。喜んでいる暇はなく、すぐに新しく覚えたスキルを使う。


 ――毒霧。


 正人の前に紫の霧が出現し、近づいていたアイアンアントは瞬時に外殻が溶けて、形が保てなくなる。少し離れた場所にいたアイアンアントも酸性の毒をまともに受けてしまい、外殻は溶け出し体液が流れ出す。数歩進んでからベシャっと音を立てて崩れてしまった。


 もしこれが人や動物に向けて放たれたのであれば皮膚や筋肉、骨までも焼けて苦しみにもだえながら死んでいっただろう。非人道的なともいえる強力なスキルだ。


「まだいる、か」


 拘束から解放された正人だったが、アイアンアントの集団はまだ残っている。


 落としてしまった大剣を拾って構えるが、傷だらけで限界に近い肉体では支えきれず、刀身が揺れていた。手に力が入らない。アイアンアントの前足の攻撃を受け流し、反撃の一振りをしたら大剣が手から離れてしまった。


 最後は自分の肉体を犠牲にして時間を稼ぐしかない。

 最後まですべてに抗うと覚悟を決めた正人は、残った片腕を構えて戦う意志を見せる。


「後はワタシたちに任せてください」


 暴走しそうな体を押さえ込んで無事にレベルアップをした里香が走り、正人を追い抜いて、アイアンアントの集団に飛び込んだ。


 レベル三になって身体能力が大きく向上したため、アダマンタイトの剣を思いっきり振るうだけで、鉄よりも硬い外殻が破壊されてアイアンアントは倒されていく。


「こんな体になってしまうまで、時間稼ぎありがとうございました」

「ヒナタも頑張るからね!」


 正人の左右に立った冷夏とヒナタが一言告げると、里香をサポートするべく参戦した。里香と冷夏がダメージを与えて、ヒナタが背中を守る。お互いに囲まれないように位置取りをしつつアイアンアントを的確に潰していく。


「お礼を言うのは俺の方だ。ありがとう」


 戦っている姿を見て安堵した正人は、緊張から解放されて全身の力が抜ける。膝をついてしまった。目はかすれて意識が徐々に遠のいていくと同時に、体内が熱くなるのを感じる。


「レベル……アップ……」


 まだ戦いは終わっていないのに、試練を越えたと判断されたのだ。


 今まではモンスターを倒した直後だったので違和感を覚えたが、考察を進めるほどの余力は残っていない。正人はアイアンアントの戦いが終わりつつあるのを確認してから、ついに意識を失ってしまった。


◇ ◇ ◇


 正人がアイアンアントクイーンと戦う為にダンジョンに入った頃、探索協会からの依頼を終えたユーリは、東京都奥多摩にある山奥に訪れていた。


 目の前には探索協会の所有する建物がある。ダンジョン関連の研究所だ。窓のないコンクリート製の建物で、入り口にはレベル持ちの探索者が二名。他に監視カメラが設置されている。さらに建物を囲うように金網が設置されており、常に電流が流れるという警戒ぶりだ。


「ようやく、探索者をゴミのように扱ったヤツらに復讐できる」


 金網の前に止まっているトラックを見つけたユーリがつぶやいた。


 敷地内に入るために手続きをおこなっている最中で、しばらく動きそうにない。


 数日間、監視をし続けていたユーリはようやくチャンスが訪れたと内心で喜び、スキルを使う。


 ――透明化。


 強奪スキルで奪い取ったユニークスキルだ。姿を消したユーリは、音を立てずにトラックの荷台に乗り込む。しばらくしてトラックは敷地内に入り、探索協会が所有する建物の前で止まった。荷台から荷物が降ろされる。


 中には大量の魔石が詰まっていて、研究所の実験で使われる予定だ。荷物の搬入している男の後ろをつけて、ユーリは建物中に入っていく。透明化のスキルによって監視カメラには映らず、誰にも気づかれずに研究所内を進む。


 通路にも監視カメラや生体認証つきのドアがある。白衣を着用した人の後を付いていき、次々と突破。入り口に近いエリアは居住区となっていたが奥に進むにつれて、魔石の研究、スキルの実験場などと研究所の実体が見えてくる。


 だがユーリは、そういった場所に一切の興味を示さなかった。

 目的地はもっと先にある。


 次々と付いていく人を変えては歩いて行くと、ついに分厚いアダマンタイト製のドアの前についた。オーガの一撃にも余裕で耐えられる設計になっており、重火器を使っても破壊は出来ないだろう。


 目の前にいる研究所の職員は、網膜、指紋の生体認証をしてからパスワードを入力する。ユーリは後ろで番号を記憶していた。


 警報音が鳴りながら重いドアが開く。


 研究所の職員と一緒に中に入ると、ユーリの口角が上がった。


(やっと、たどり着いた)


 目の前には檻に入ったゴブリン、コボルト、オーガなどのモンスターがいた。奥多摩研究所はモンスターを解析する場所だったのだ。この場に入れるのは職員の中でもごく一部に限られている。


 魔石やスキルの研究というのは、本来の目的を隠すカモフラージュでしかない。


 研究所の職員は、迷う素振りは見せず歩いて行く。警戒が厳重で数十枚の強化ガラスに確保されていたのは、下半身は真っ白い蜘蛛で上半身は人間の女性の姿をしたモンスター――アラクネだった。

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