第74話今日という今日はもう容赦しないんだから!
プライベートジェット機で沖縄についた正人たちは、タクシーでレンタカーショップまで移動すると、整備されていない道でも走行できるSUVタイプの車を借りた。
沖縄には電車がほぼないため、車移動が中心となる。観光客を装うのであれば必須である。
武具やキャリーバッグを後ろに詰め込むと、正人はアクセルを踏んで出発した。
目的地は全室オーシャンビューの高級ホテル。そのなかでも最高級の部屋だ。すべての費用は探索協会持ちということもあり、一切の遠慮はない。プライベートでは絶対に利用しない場所を選んでいた。
ホテルに到着してすぐ、案内された四人は豪華なリビングに驚きながらも、寝室の一つに入った。
「ひろーい!! みんなで遊べるねー!」
ヒナタが里香と冷夏を押し倒すようにして飛びかかり、三人が寝られるほど広いベッドに倒れ込んだ。
「きゃ!」
「えっ!?」
二人は短い悲鳴を上げならがヒナタに捕まってしまったが、すぐにお互いに目配せをすると、拘束から抜け出してヒナタの体を取り押さえた。
「ヒナタちゃんが悪いんだからね!」
「え!? な、なに!?」
戸惑うヒナタを無視して二人は脇の下に手を入れてくすぐりだした。ヒナタは体をよじって抜け出そうとするが、上から押させつけられていて上手くいかない。足をバタバタと動かしながら、無駄な抵抗をするしかなかった。
「ひ、ひぃ~ ごめん。謝るから許して~」
「ダメよ。今日という今日はもう容赦しないんだから!」
「そんなー!!」
冷夏に突き放されたヒナタは、絶望したような顔をした。
脇だけではなく足までもくすぐられるようになり、暴れ方が激しくなる。上着はめくれて、はいていたパンツも脱げかけて水色の下着が見えてしまっているが、それに気づかない三人は激しい攻防を続けている。
「みんな、下着が――」
「もう頭にきた!!」
正人の声をかき消すように、ヒナタが叫んだ。
一瞬の隙を突いて拘束から抜け出すと、冷夏の服を脱がそうとして反撃をする。突然の反撃に驚き、里香に助けを求めて手を伸ばしたところで、バランスを崩してしまい下着ごと脱がしそうになってしまった。
慌てて服を押さえる里香だったが、ヒナタが再びダイブをして二人の上に覆い被さる。もつれ合いながら、服の脱がし合いを始めてしまった。もう、誰も止めることはできない。
「ほ、他の部屋を見てくるよ……」
今は男がいることを忘れて暴れ回っているが、それが終わり我に返ったときの反応が怖い。正人は音を立てずにこっそりと部屋から抜け出すと、バルコニーに出た。
雲一つない晴天の下、青い海が広がっている。場所が沖縄ということもあり東京より熱く感じるが、乾いた風が吹いているので過ごしやすい。視線を下に移動させれば、ホテルのプールで遊んでいる恋人たちがいる。
遠くを見ればは小さい島がいくつかあり、近くに船が2~3
先ほどの痴態が幻だったと思ってしまうほど、美しく平和な光景だ。
手すりに体を預けながら、正人は携帯電話で写真を撮っていく。
この瞬間、家族や仲間、探索者のことを忘れて、一人の人間として何もない時間を楽しんでいた。ここ数年感じたことのない満足感を堪能しているのだが、残念なことに長くは続かない。背後から足音が聞こえたからだ。
「騒がしくしてごめんなさい」
隣に立ったのは里香だった。正人と同じように手すりに寄りかかりながら景色を眺めている。
顔が少し赤くなっているのは、先ほどの騒動を恥ずかしがっているからだ。
「気にしてないよ。楽しめているようでよかったよ」
「お仕事できているとはわかっているんですが、どうしても浮かれてしまって」
「遊ぶのも仕事の内だよ。協会からも観光客として見えるようにこうどうしろと言われているじゃないか。この後はいろんなところに回る予定だし、体力は温存しておくんだよ」
犯罪者を捕まえるという本来の目的を隠し、見聞を広めるという建前が本当であると見せるためにも、観光を楽しんでいる姿を見せるのも重要である。
あくまで遊びと沖縄ダンジョンの探索、この二つを目的に来たのだと周囲に見せる必要があるので、純粋に遊んでいる姿は協会の意に沿っているといえる。
だから、ホテルのベッドで遊ぶのも仕事になる……のかもしれない。
「遊ぶのも仕事ですもんね! あの二人も喜ぶと思います!」
後ろめたさがなくなった里香は楽しそうな顔をした。
それを見た正人も嬉しくなりながらも、ふと気になったことを質問する。
「二人と言えば、学校は大丈夫だったのかな?」
「協会からお仕事をもらったと言ったら、先生からすぐに許可が出たらしいですよ。数日前に協会の方からも連絡があったみたいで、反対する人はいませんでした」
社会に大きな影響力を持つ探索協会から直々にお願いされ、さらにその対象がすでにレベル二として本格的に活躍している探索者であれば、公立高校が許可を出さない理由はなかった。
また、冷夏やヒナタが高校生で探索者をしていることからわかるように、保護者も探索者として活動することを前向きに捉えており、注目の新人として特別扱いされたことに喜んで送り出している。
「根回しは十分ってことか」
「そうみたいですね。学校公認で遊べるーって、喜んでましたよ」
「それならよかった……のか?」
会話が終わって二人とも沈黙した。穏やかな風が髪をなでる。こんな時間がもっと長く続けば良いのにと思う正人だが、ヒナタの声が聞こえてきたので、そろそろ終わらせなければいけないと意識を切り替える。バルコニーの手すりから体を離した。
里香はとっさに手を伸ばして、正人の服の袖をつかむ。立ち止まり振り返った正人を見ると、考えるより前にお願いを口にしていた。
「……一緒に写真を撮りませんか?」
「え?」
「もう来れないかもしれないので、記念として残しておきたいなって!!」
断れないようと、いつもより早口でしゃべりなら正人に詰め寄る。勢いに押された正人は、逃れられない。肯定以外の言葉は思い浮かばなかった。
「う、うん。わかった。撮ろうか」
「はい!」
携帯電話を持った手を前に出して、モニターを確認しながら位置を調整する。自撮りをしようとしていた。
乱れた髪を手早く整え、かわいく盛れるポーズを探すようにして、里香は首の角度を調整していく。
「画面に収まらないので、もうちょっと寄りますね」
狭い画面に映ろうとして密着する。ヒナタたちの声が近づいていることもあり、魂を込めた一枚を撮るのに夢中で、正人の反応までは気にしていられない。
腕を絡めて体を押しつけながら顔を正人の肩に置き、その瞬間を切り抜くようにして撮影ボタンを押した。半目になっていない、余計なものは写っていない、明るさは十分といったチェックを手早く終わらせると、大切そうに携帯電話をしまって正人の方を見た。
「ありがとうございました! 一生の思い出です!」
「大げさだよ。こういった思い出でよければ、これからもっと作っていこう」
「はいッ!!」
輝くような笑みに正人は見とれてしまい、リビングに向かって歩き出した里香の後ろ姿をしばらく眺めていることしかできなかった。
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