第75話青いーー! 海ーーー!
四人は国際通りで食べ歩きをしながら買い物をしていると、すぐに日が沈み夜になった。
明日も予定が詰まっているので、早めに帰ることに決める。大量の荷物を車に詰め込んでホテルに戻ると、豪華な食事、広い風呂場を堪能して、それぞれの男女に分かれて部屋で大人しく寝ることとなった。
翌日。今日は竹富島まで行って、海で遊ぶ予定だ。
フェリー乗り場で定期船に乗り込むと、一行は海を眺める。平日ということもあり観光客は少なく、まばらだ。貸切のような贅沢な時間を過ごしながら、正人は一人でのんびり過ごしていると、急に視線を感じた。
慌てて立ち上がり周囲をキョロキョロと見るが、数人の外国人や日本人の観光客がいるだけで、特に変わった様子はない。と、思ったところで視界の端に、体格の良い女が一人いた。
――探索者だ。
そう感じるのと同時に、柔らかい笑みを浮かべながら近寄ってくる。
「正人君だよね~? 君も今から観光なのかなー?」
少し間延びした声で親しげに話しかけてきた。名前を知っていることに疑問を覚えつつも、無視することはできずに正人はうなずく。
キャミソールに短めのハーフパンツと、ラフで好きの多い服装に目のやり場に困るが、油断しないように警戒する。
「ボクは、美都。探索者をやっているよー。ここで有名人に会えるとは思わなかったかなー?」
「私が……? 有名人ですか?」
「そうそう。雑誌に載るぐらいだもんねー」
美都は携帯画面を見せると、探索者向けの雑誌が表示されていた。電子書籍版を購入しており、ちょうど正人たちの集合写真のページが開かれていた。
「これは、ちょっと恥ずかしいですね……」
「自慢しても良いぐらいの成果だよー? あの協会が認める探索者って少ないんだよねー。将来有望ってことだし、今もそうだけど、これからもどんどん優遇されるんでしょー?」
「優遇ですか? されているような、されていないような? あまり実感はないですね……」
実際は他の探索者より優遇されていることは間違いないが、その代わりに断れない仕事も舞い込んでくるので、トータルで見ると得をしているのか分かりにくい。正人はどちらとも言えない返事しかできなかった。
「ね~ね~」
そんなことはお構いなしと、相手の意見を聞かない美都は顔を近づける。女性らしいふっくらとした唇が、正人の耳に軽く触れた。
「楽して稼ぎたいから、ボクも仲間に入れてよー」
甘いささやきに不覚にも正人の心臓がドキドキと高鳴る。脳が溶けるような感覚に浸りながらもなんとか耐えていると、慌てた様子の里香たちが駆け寄ってきた。
「正人さんッ!!」
声が聞こえると美都は離れる。
「あー。怖い娘に見つかっちゃった。残念だけど、また今度ね~」
あっさりと去っていく。途中で里香や冷夏が文句を言っているが、軽く受け流している。そこには、大人の女性としての余裕があった。
「これも有名税ってやつなのかな?」
そんなことをつぶやきながら、正人は現実逃避をするために海を眺め続けることに決めた。
◇ ◇ ◇
その後、ひと騒動あったが無事に竹富島に到着すると、港の近くに併設されたレンタサイクルショップで、自転車を借りることになる。
青空の下、石を積み上げた塀に囲まれた細い道を四人は一列になって進む。赤い屋根が並ぶ集落を回りながら、水牛車が通り過ぎるのを待つ。高台に上って記念撮影をしてから、視界に真っ白な砂浜で埋まるビーチに到着した。
「青いーー! 海ーーー!」
自転車を止めてビーチに飛び込んだヒナタが、走りながら服を脱ぎ出す。「裸になるつもりか!?」と焦った正人だったが、その下に水着を着ていたので、ヌーディストビーチにはならなかった。続いて冷夏、里香も服を脱いでいく。引き締まった肌が太陽に晒される。
「似合います?」
イタズラしそうな表情を浮かべた冷夏が質問をした。その後ろには里香がいて、隠れるて恥ずかしがっている。
「二人とも似合っているよ。里香さんは、一緒に買いに行った水着を着てくれたんだ」
「覚えてくれてたんですか?」
「もちろん。サンダルやバッグだって一緒に買った物だよね?」
「はい!」
水着だけではなく、他のアイテムのことも覚えてくれていたことに感動した里香は、太陽に負けないほどの笑顔で返事をした。嬉しくなり、テンションはどんどん上がっていく。
「どれもバッチリだね。今度は冬服も買いに行く?」
「ぜひ! 一緒に行きましょうッ!!」
体が付きそうな距離まで近づいてから、里香は買い物の約束をした。
愛犬の様な振る舞いに笑い冷夏は笑いながら体をつかんで、正人から引き離す。
「離してー! 誘拐犯だー!」
「はいはい、里香ちゃん落ち着いて。正人さんはまだ服を着たままだから」
不満を漏らしているが、かまっていたら時間がいくらあっても足りないので適当にあしらう。
「水着になりませんか? 涼しくて気持ちが良いですよ」
提案にのった正人はTシャツを脱ぎ捨てる。探索で鍛え上げられたたくましい肉体が目の前に出現し、二人とも顔が赤くなった。六つに割れた腹筋から目が離せない。そんな視線に気づくことない。
「ほんとだ。風が気持ちいいし、涼しいね。着替えてくるよ」
更衣室から戻ってきた正人は、青いハーフパンツ型の水着をはいただけの姿になった。
鍛え上げられた肉体だけではなく自信もついてきた今の正人を、地味で平凡な男と言う人はいないだろう。
海で遊んでいるヒナタを眺めながら、三人は荷物を置くためにビーチを歩く。
人のいない場所にレジャーシートを敷いてバッグや服を置いていく。貴重品は防水の透明な首掛け防水シートに入れていく。
「海に入ろうか」
「そろそろヒナタが寂しがる頃ですしね」
「ヒナタちゃんは寂しがり屋だもんねぇ」
海の中に入った三人を見つけたヒナタは、姉と友人の言葉を証明するかのように水をかき分け走り寄ってくる。
遠浅の海なので、泳ぐより足を使って移動した方が早いのだ。
「おそーーい! ねーねー! 皆で写真撮ろうよ!」
「いいね。そうしようか」
首にかけていたケースから携帯電話を取りだした正人は手を前に出していたヒナタに渡す。すると、すぐに近くにいた夫婦に話しかけた。持ち前のコミュニケーション能力を発揮して、撮影を依頼したのだ。
無事にカメラマンを獲得すると、正人を中心に女性陣が集まる。肌が触れあうぐらいの距離だ。
シャッターが押されるまでの数秒をドキドキしながら待っていると、カシャカシャと何度か音が鳴って撮影が終わる。
お礼を言ってから携帯電話を返してもらうと、三人に写真を共有した。
「ついでに、あいつらにも送るか」
深く考えているわけではなく、兄弟のチャットグループにぽんと写真を送ると、烈火から爆発の絵文字だけが送られてきた。その後は、何も反応はない。興味もなく、すぐに会話が終わってしまったように見えるが、正人の脳裏には「リア充爆発しろ!」といった怨嗟を垂れ流す姿が描かれていた。
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