第72話いいね! いいね! もっと強調して!
「それでは撮影を始めましょう! まずは、集合写真から撮りましょうか」
飯島の指示に従って白い背景シートの前に立つ。双子の冷夏、ヒナタが前列、正人と里香が後列になり、指定されたポーズをしていく。「もっとかわいらしく!」「いいね! いいね! もっと強調して!」といった指示が飛び、全員が必死に従う。
特に里香への要求が多く、胸を強調するようなポーズが多い。周囲を気にしながらも要求に応えていく。もう何度ポーズを取ったのかわからなくなったころになって、ようやく休憩の時間となった。
小さいテーブルに四人が集まってお菓子を食べながら次の撮影を待っていると、軽薄そうな声が聞こえた。
「よう、順調みたいだな」
正人が後ろを振り向くと、ユーリが立っていた。反射的に顔をしかめてしまう。
「おいおい、そんな嫌そうな顔をするなって」
歓迎されていないことに気づいているが、一切気にしていない様子で空いていた椅子に座ると、勝手にお菓子を食べ始めた。
身勝手な行動に呆れた正人は、心の中でため息を吐いてから疑問をぶつける。
「なんでここにいるんですか?」
「ん? 探索協会から仕事を受けたって聞いてな。丁度良いから話しに来たんだよ」
「雑談をしにきた、というわけではないですよね?」
「そうだ。ちょっと頼みたい仕事があってな」
面倒な話が来るだろうと予感しつつも、正人は借りがあるので理由も無く断るわけにはいかない。だからといって全ての仕事を受けるつもりはない。里香たちの安全も大事なので、危険度が高いようであれば拒否することも考えていた。
「どんな仕事なんですか?」
「お、話を聞く気はあるか。ちょっと待ちな」
ユーリが手で追い払うような仕草をすると、飯島とアシスタントの中田が撮影室から出て行く。この場に残ったのは正人たちとユーリだけだ。
「沖縄で楽しい鬼ごっこだ」
正人は楽しそうにニヤニヤと笑っているユーリの言葉を、そのままの意味で受け取ることはなかった。
「鬼は誰なんですか?」
「強盗だ」
ユーリのまとう雰囲気がいっきに変わった。
憎しみを込めた目になり、声も低くなる。全身から殺気が漏れ出していて、正人はこの話を断りたいと思うようになる。
「探索協会が保管していたスキルカードを盗んだ奴がいる。そいつを捕まえて、奪い返すのが仕事だな。場所はある程度特定は出来ているんだが、戦力が若干足りない。そこで、お前たちに頼もうと思ってな。どうだ?」
探索者の総本山ともいえる探索協会の警備は厳重だ。レベル2以上の元探索者が警備をしている上に、有用なスキルを覚えている探索者も大勢いるのだ。それらの目をかいくぐって目的のものを手に入れるなど、普通はできない。
「相手は探索協会に忍び込んで盗めるほどの技術を持っているんですよね? 私たちじゃ戦力にならないのでは?」
謙虚ではなく事実として、正人は純粋に疑問を口にした。
注目されているとはいえ新人には荷が重すぎる。当然の疑問で、ユーリの判断……いや、正気を疑うレベルの内容だった。
「その通りだな。だから、主力は別にいる。お前たちはサポート要員だ。本当は主力だけでも仕事は片付けられると思うんだが、協会から失敗は許さないと言われてな。手堅くいきたいんだよ」
サポート要員なら危険は少ないかもと考えた正人だが、ユーリと関わって良いことはないと思い直す。この前の事件で散々な目にあったので、言葉通りに受け止められないのだ。
だが「あなたの言葉が信用できません」といって素直に引き下がる相手ではないので、断る理由を探すためにもう少し情報を引き出す必要があった。
「サポート要員と言われましたが、具体的に何を期待しているんですか?」
「犯人が潜んでいる建物の周囲を囲んでもらいたい。万が一、逃げ出したときに足止めしてもらう予定だ。危険な突入役は俺らが担当するから、楽なもんだろ? それに、犯人の場所がわかるまでは沖縄で遊んでて良いぞ。金はすべて協会持ちだ。どうだ? 結構、魅力的だと思うが?」
沖縄で遊べる。その一言で、女性陣の目の色が変わった。
ヒナタはすぐに「海で遊びたい!」と叫び、冷夏が止めようとするが、声に力はない。チラチラと正人を盗み見て様子をうかがっている。里香は憧れの沖縄で遊べるチャンスだと知って、おねだりするような顔をしていた。
女性陣の圧力を感じた正人は、ユーリを恨めしそうに見た。
「私が乗り気じゃないとわかって、里香さんたちを誘惑しましたね?」
「なんのことだ? 俺は質問に答えただけだぞ」
ニヤニヤと笑いながら挑発する姿を見て、正人は自分の考えがあっていたと確信する。
「そういうことにしておきますね」
非常に困った状況になった。女性慣れしていないこともあり、断りにくいのだ。また、この機会を逃してしまうと、旅行する機会なんて年内は難しいので、特に里香の事情を考えると、旅行させてあげたいと親心のような気持ちにもなってしまう。
「一つ、質問です。探索者はダンジョンの外でスキルや魔力を使うことは禁止されています。この仕事はスキルなしでするんですか? もしそうなら、依頼は受けられません。危険すぎます」
探索者の資格を取るときに一番最初に学ぶことで、この法を無視すると資格が剥奪されるのだが、強盗犯が守るとは思えなかった。捕まえる際に、スキルを使って抵抗することは容易に想像がつく。
そもそもそういった犯罪については、レベル保有者の警察官が対応することになっているので、公的機関に任せれば良いのではと正人は思ったのだった。
「今回ばかりは探索協会も本気で動いている。ダンジョン外でも一時的なスキル使用を認めさせたみたいだぞ。緊急時においては、探索者もスキルを使用できるといった条文があったよな?」
「ありましたね。確か、ダンジョンからモンスターが出てきた事態を想定されて作られた文章ですよね?」
「あぁ、だが、モンスターにだけ使用可能とは書いていない。対象は誰でも良いんだよ。ちなみに今回は警察は動かない。探索者だけで解決させる」
緊急時という曖昧な言葉を利用して、探索協会はスキルの使用を認めさせるどころか、極秘裏に進めるため、警察は動かないように圧力をかけていた。
「身内だけで解決したいということですね」
探索協会にとって、今回の事件は公にしたくないスキャンダルだと考えていることを理解した正人は、詳細をここまで聞いてしまった今、後戻りできないと察した。
大きなため息をはいてから、天井を見上げる。しばらくその状態のまま気持ちを落ち着かせてから、再び正面を向いた。
「これって、話を聞いた時点で断れないのでは?」
「探索協会を敵に回す覚悟があれば断っても良いぞ」
「無理に決まってるじゃないですか」
探索者を続けるのであれば協会の力は絶対に必要になる。もし、ブラックリストにでも入ってしまえば、魔石の換金すらできなくなるのだ。ダンジョンから得る収入に依存している正人や里香には選択肢はなかった。
「まぁ、仕事を成功させれば、報酬は期待できる。一人につき百万は渡せるぞ」
仕事内容、報酬、仲間の期待、断ったときのリスクを天秤に乗せる。考えるまでもない。引き受けるしかなかった。
「わかりました。その仕事受けましょう」
「良い返事だ。詳細はチャットで共有したいからIDを交換するぞ」
沖縄旅行で騒ぐ里香たちの声を聞きながら、正人はユーリとチャットのフレンド登録を済ませるのであった。
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