第52話世の中って、ままならないですね

 六階層に戻ると周囲は騒然としていた。地図を広げて話し合いをしている探索者パーティーがいくつもある。雑談をしている者もいるが少数だ。多くは作戦会議を開いている最中だった。


 洞窟型の拠点に逃げ込んだ。または沼の中に潜んでいるなど、様々な可能性を出し合っては否定していく。


 正人も他の探索者にならって地図を広げているが、襲撃犯がどこに逃げ込んだのか見当がつかない。何となくダンジョン内の地形はイメージできるが、知らないエリアばかりで予測が立てられないのだ。


「どこを探したらいいと思う?」


 一緒に地図を見てた三人に質問をした。


 ヒナタは完全に他人任せのモードに入っており、ニコニコしているだけで考えている様子はない。里香も正人の役に立ちたいと頭をフル回転させているが、何も思い浮かばない。唯一、冷夏だけが反応できた。


「相手は、探索者に追われていることも逃げ場がないことも分かっているはずです。普通に考えれば詰みの状態と言えます」


 探索者が五階層に上がる入り口をふさいで監視している。時間がかかってしまえば、地上に戻った探索者が仲間を呼ぶことも間違いないだろう。さらに食料も補給できない。襲撃犯にとっては、援軍も補給も望めない籠城戦のような状況に陥っている。


「長期戦は不利だと考えて、短期戦を考えていると思います」


「なるほど……もし、昨日、すれ違った男性が犯人だったとすると、何日もダンジョンに滞在した後だと思う。食料はほとんど残っていないはずだし、その可能性は高いと思う」


 冷夏の指摘で正人の脳内に次々と方針が思い浮かんでいく。

 もう地図は不要になり、折りたたんだ。


「潜伏先を探すより、襲撃を警戒した方が良いかもしれない……か」


 探索者は狩る側で優位にことを進めていると思っているが、実は短期決戦を狙っている獲物から、狙われているかもしれない。そういった可能性も浮かび上がってきたのだ。


 五階層のボス部屋は往きと帰りでは使える通路が違う。地上に向かう通路は武器を振れないほど細く、数の優位性は発揮しにくい。待ち伏せには向いていないので、五階層にあがる階段を突破されるわけにはいかないのだ。


「この場を守ろう」


 この決断に三人もうなずく。

 作戦会議が終わり気が付けば、周囲にはほとんど探索者はいなくなっていた。襲撃犯を探しに行ったのだろう。


 ――索敵。


 スキルを使う。脳内にレーダーマップが表示され、青いマーカーが浮かび上がる。遠くに赤いマーカーがあるが、これはモンスターのものだ。敵意によって色が分かるわけではない。


 敵が同じ人間であれば判別は難しく、今回はあまり役立ちそうにない。それでも使わないわけにはいかない。正人は精神が疲労することと引き換えに、スキルを使う決断をしたのだった。


「遠距離からの攻撃が怖い。私は正面を警戒しておくから、皆は左右の方をお願いするね」


 指示を聞いた冷夏とヒナタが右側を、反対側は里香を見る。


 見通しの良い湿地帯であるため、遮蔽物はない。これなら遠くから人が来れば一目でわかる上に、弓などであれば放つ前に察知することは可能だ。


 正人たちと同じように狙われていると考えているパーティーは、少ないながらも他にもいた。この場には十名、三パーティーがとどまることとなった。


◆◆◆


 先ほどとは変わって、のどかな時間が過ぎていく。



 最初は黙ったままで緊張感を維持していたが、その状態を維持するのは難しい。徐々に、おしゃべりの頻度が高まっていった。


「十七階層のドロップ品――悪魔の角を奪って、どうするんだろう? あんなことをしてまで、欲しいものなのかな」


 周りに聞いている人がいないうえに相手が妹ということもあり、冷夏は普段より砕けた口調だ。


「そーなんじゃない?」


 興味なさげにヒナタが答える。

 暇なのでダラダラとした会話が続いていく。


「でも売れもしなければ、使えもしない。そんな価値あるのかな……」


「海外に転売するんじゃない? どこの国も探索協会より高く買い取ってくれそう!!」


「空港のチェックで止められるから難しいんじゃないかな。前もニュースになってたし」


「あー! なんだっけ……。思い出せないー!!」


 ヒナタは数カ月前に見たニュースを思い出す前に冷夏が口を開いた。


「スキルカード。それも回復系だったよ」


 魔石をはじめとしたダンジョン産のアイテムは、すべて探索協会が貴重な資源で厳しく管理されている。販売方法やドロップ品の加工場所が決まっているだけではなく、無断で国外へ持ち出してしも禁止されていた。


 そのなかでもスキルカード、特に回復スキルは管理が厳重だ。回復の効果でいってしまえば自己回復に大きく劣るが、他人に使用できる点で非常に価値がある。使用できる人間はあらゆる方面からの誘いが途絶えない。拉致されることですら珍しくないのだ。


 日本だけではなく、世界中でも需要のあるカードを海外に持ち出そうとすれば、持ち出そうとした人間の、その後の末路は明白だろう。手に入れた探索者が使用する分には問題ないが、話題に上がっている事件は国外への無断持ち出しということで、逮捕後は厳しく罰せられたのだった。


「そうだったね! 自分で使って覚えてから海外に行けば捕まらなかったのにねー」


「そうすると移動制限がかかるから、どちらにしろ海外には行けなかったかと思うよ。助けたい人が日本に来れば捕まらずに済んだんだけどね」


 冷夏に突っ込まれてヒナタは、しばらくしてから空を見上げてから、つぶやいた。


「動かせないぐらいケガがひどいのかなぁ……。可哀そう。なんで助けることが悪いって思われるんだろう」


 世の中は難しすぎる。もっとシンプルに、大切な人だから助ける。それが叶う世界だったらどんなに良いだろう。出会ったことはなく、名前すら知らない。それどころか助けたい相手がいたかどうかも定かではないが、ヒナタは、このとき間違いなく同情をしていた。


 冷夏が言うことも頭では理解できるが、心が納得しないのだ。


 そんなとき、ヒナタは理性が強い姉をたまに羨ましく思う。もし血のつながった双子の姉妹でなければ、ここまで一緒にいることもなかっただろう。そんなところまで考えていると、目の前に景色に変化が起きた。


 人影のようなものが見えたのだ。

 左右にフラフラとしながらも、こちらに向かってくる。


 最初はリザードマンかと警戒していたが、近づくにつれて人間だということが分かる。だが全身が血だらけで、一目見て助からないだろうと思えるケガもしている。


「…………」


 冷夏とヒナタから十メートル離れたところで、ドサリと音を立てて倒れた。


「姉さん!!」


「ヒナタは正人さんを呼んできてください!」


 冷夏の指示を聞いて小さくうなずくと、ヒナタは全力で走り出す。

 二人の慌てぶりに周囲も倒れた探索者の存在に気づく。再びこの場が騒がしくなるのだった。

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