第51話ダンジョン狩りって言葉、あるんですかね?

「フルフェイスで顔を隠した探索者に心当たりはないか? 三人組だ」


 正人に話しかけた男――峰トオルが質問をした。


 朝、別れの挨拶をしてから半日程度しか経過していないが、疲労の色は濃い。苛立っており、声に威圧感がある。ここで嘘や引き延ばすような答えをすれば叩き切られてしまうかもしれない。そんな攻撃的な視線を向けていた。


 トオルの高圧的な態度に、正人は反抗心が芽生える。だが、無用な争いを避けるために無理やり抑え込むと素直に答えることにした。


「そういえば――」


「いつ、どこで、見かけたッ!?」


 トオルが殴りかかるような勢いで正人に詰め寄る。

 反射的に逃げようとするが、腕をつかまれてしまい動けない。前に出たのは自分でよかったと、正人は思った。


「六階層の木道です。入り口から三十分も歩いていないかと……三人組で顔を隠していました」


 正人が素直に答えると腕が解放された。


「クソッたれ! その時から待ち伏せてやがったのかッ!!」


 地面を何度も踏みつけて苛立ちをぶつける。前日から四階層で待ち伏せをしていたのだ。


 突発的な行動ではなく、計画的な犯行。もしかしたら大遠征を計画していた時には狙われていたのかもしれない。であれば、身内に裏切者が……と、そこまで試行したところで、トオルは首を横に振る。


 今は盗まれた悪魔の角を回収する方が優先される。三人組の男を探し出すべきだと、意識を切り替えた。


 大きく息を吐いてから吸う。三回繰り返して、トオルは気持ちを落ち着かせた。


「ふぅ。奴らは馬鹿なことに六階層へ逃げ込んだ。上はここで抑えているし、七階層への階段も監視が始まっているはず。六階層をしらみつぶしに探して必ず見つけてやる」


 先ほどまで勢いよく怒鳴っていたかと思うと、今度は静かに独り言をつぶやく。


 その異様な光景に正人だけではなく、里香、冷夏、ヒナタですら声をかけるのをためらってしまうほどだ。


 考えがまとまったのかトオルは、歩き出すと周囲に指示を出す。


「ケガ人と介護者は、そのまま地上に行け! 隼人さんに報告するんだ。残ったやつらは、ここで待機。階段を監視しろ。絶対に見落とすなよッ!!」


 各所から返事があると、クランのメンバーが動き出した。


 包帯を巻いたケガ人は背負われながら三階層へと移動を始める。この場にとどまったのは五人程度。周囲にいる探索者に携帯食料を購入させてもらえないか、交渉をしている。方針が決まってしまえば、自ら考えて行動ができるのだ。


 トオルは部下の監視はせず、六階層の地図を広げて睨むようにして見る。しばらくして思考がまとまったのか、顔を上げて大声を出す。


「ここにいる探索者に依頼をしたい! 我々の大切な悪魔の角を奪い取った三人を捕まえてほしい! 報酬は、百万円と十七階層のドロップ品だ!」


 事態の推移を面白そうに見ていた探索者がざわめきだした。


 大金を積んでも手に入らない。そんな貴重な十七階層のドロップ品と金が手に入るチャンスが転がり込んできたのだ。トオルにつめよると詳細を聞き出し、六階層に向かうパーティーがいくつもあった。


 本来であれば今回の失態は極秘裏に解決するべきだったかもしれない。だが事件が起こった時点で無理だった。であれば、せめて犯人に手を出したことを後悔させるしかない。利益など無視。これは、日本でトップを走るクランのプライドの問題だ。


 疲労とケガ、さらに精鋭がいなかったとしても、盗まれたまま逃げられるような事態だけは避けなければならない。人力で六階層をしらみつぶしに探して、犯人をあぶりだす計画を実行したのだった。


「なんか、すごいことになったね!!」


「他の探索者に協力してもらうとは思いませんでした」


「ねー! 正人さん、ヒナタたちは参加するの?」


 ヒナタが疑問を投げかける。彼女はワクワクとした表情をしていて、参加したそうだ。冷夏も興味あるといった感じだ。


「うーん。どうしよう。里香さんは、どう思う?」


「悩んでます……」


 二人に比べて里香は慎重だった。


 探索者の仕事はモンスターとの戦いであって、人間を狩ることではない。人と争うことに忌避感があるのだ。特に今回は武器を使った殺し合いになる可能性が非常に高い。危険な依頼を受けてよいのか、悩んでいた。


「お前たちは参加しないのか?」


 いつの間にか、噴水広場にいた探索者は全員、六階層に降りている。残ったのは、正人たちだけだ。


 依頼を聞いて動き出そうとしないので、トオルが声をかけたのだ。


「いえ、少し悩んでまして……」


「もしかして、お前たちルーキーなのか?」


 あり得ないほど良い報酬を提示したにもかかわらず、食いつかない。人数も多く依頼者側が有利だと思われる状況で動き出さないなど、ベテランであればあり得ない状況だったので、ルーキーだと推測したのだ。


「はい。本格的に活動を始めてから、数ヶ月しか経っていません」」


「おいおい。それで六階層まで行けたのか。すげーな……ん? あ、そうか。例の特殊個体を倒した新人は、お前たちか」


 トオルはこの一瞬、疲れも忘れて驚いていた。


 活動を始めたばかりで五階層のボスを突破できる探索者はほとんどいない。先日公開されたニュースにたどり着くのも自然な流れだった。


「理解した。人間と争いたくない、というわけだな?」


「そう、ですね。恥ずかしながら……」


「いや、恥ずかしがることはない。ほとんどの探索者が通ってきた道だ」


 同族を攻撃するには、それ相応の覚悟が必要だ。荒事になれている探索者とはいえ、躊躇する者は多い。それこそ、正人の目の前に立つトオルも似たような経験をしたことがある。


 それを乗り越えてこそ、ベテランと呼べる探索者に成長できるのだ。


「慣れるチャンスだ。お前らも参加するんだ」


 ドンとトオルが正人の背を叩いた。


 探索者の世界は厳しく、襲い来る脅威は自らの力ではね除けるしかない。相手が人間だからといって躊躇している間に、大切なものを奪われてしまう。そんな経験をさせたくないと思っての言動だった。


「ここで逃げたら探索者など続けられない。覚悟を決めておくんだな」


 言いたいことだけを伝えて返事を待たずにトオルは去っていった。


 なんとも言えない空気だけが残る。しばらく無言が続いていたが、冷夏が口を開く。


「正人さん、私はトオルさんの意見に賛成です。犯罪者は捕まえるべきです。ヒナタはどう?」


「賛成だよ! 里香ちゃんは?」


「ワタシは……」


 意見をうかがうような上目遣いで正人を見る。判断を任せるモードになっていた。


「参加しよう。このパーティーなら乗り越えられる」


 安全を考えれば参加する必要はないが、そんな保守的なパーティーに将来はないだろう。それにオーガ戦の時のように閉じ込められているわけではない。危険だと判断すれば逃げ出せばよいのだ。


 困難を乗り越ええるとパーティーの絆が深まる。正人は、そんなユーリの言葉を思い出し、決断をした。


 四階層の守りはトオルに任せて、正人は他の探索者とともに六階層で犯人を捜すこととなる。

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