第53話どっちが狩る立場なの?
ヒナタに引きづられてきた正人が現場に到着すると、他の探索者が物言わぬ死体を取り囲んでいた。
ヒナタから聞かされた話と、死体の状況から大まかな流れを把握する。
腹に開いた穴が原因で死んだのは間違いない。六階層に現れるモンスターの武器とは異なる傷で、人間による犯行だというのも分かっていた。
死体の手を見る。縦線が一本入っていた。レベル一だ。探索者カードを調べると、二年目の準ルーキーと呼ばれている若手だった。他の先輩に連れられてここまで来たのだろう。一人で六階層を探索できる力量はないと思われた。
「血の跡が残っている。その先に、仲間がいるはずだ! 誰か調べてこないか?」
名前も知らない探索者が声を上げたが、お互いの顔を見るだけで誰も動き出そうとしない。まさか、犠牲者が出ると思っていなかったのだ。
その程度の覚悟でトオルの依頼を受けたのだから、尻込みしてしまう。
探索者の多くは悲惨な死体を見て顔が青ざめていた。
なぜ、こういった状況になっているのか、理解できていないようである。
「私のパーティーがいきます。皆さんはここで待っていてください!」
そんななか、正人が声を上げた。
最初に声を上げた探索者は、厄介ごとを押しつけられたと喜びの笑顔を浮かべている。
「おぉ! 助かる! 任せたぞ!」
何か言いたそうな顔をしている三人を引き連れて、正人たちはその場を離れていく。
「どうして、探しに行くことにしたんですか?」
話し声が聞こえない程度まで歩くと、里香が疑問をぶつけた。
正人の行動を批判しているわけではない。単純に疑問をぶつけているのだ。
「相手の強さを調べるため……というのが表向きの理由かな」
「表ってことは別の理由が?」
「あの人が運よく、ここまでこれたとは思っていない。どんな方法を使ったのか想像はつかないし、予想でしかないんだけど、意図的に見逃されたんだと思う」
正人が現場を見た時に覚えた違和感を言葉にした。
レベルがあれば常人より肉体の強度はあがるが、それでも限度はある。さらにレベル一ではその差も大きくない。体に穴が開いた状態で、歩き続けるのは不可能なのだ。さらに、タイミング良く目の前で倒れる。演出が出来すぎだと感じていた。
「何で、あの場まで歩かせたのか考えたんだけど明確な答えはない。推測の域はでないけど……もしかしたら警告なのかもしれないと、私は思っている」
索敵スキルのレーダーを意識して、周囲に人間がいないことを確認しながら話を続ける。
「警告ですか?」
「そう、警告」
小さくうなずく。嫌悪感がにじみでている表情をしていた。
「こうなりたくなかったら、さっさとこの場を離れろって意味に見えたんだ。ほとんどの探索者は勝ち馬に乗ったつもりだと思うけど、実はそうではなかった。そんな考えを広めたいんだろうなって。そうなったら協力してくれる探索者なんて一人もいなくなるでしょ?」
正人は青ざめた顔をしていた探索者たちの顔を思い出していた。
今回、犯人を捕まえると十七階層のドロップ品と百万円が手に入る。優位的な立場であれば、魅力的な報酬なのは間違いない。だが、逆に劣勢で命を懸けて生き残った報酬としては足りないだろう。
「命を張るほど、魅力的な報酬ではないですからね……」
犯人を捜し出して狩る。優位な立場だと思っていたら、実は逆だった。そんな状況であれば、寄せ集めが士気を保てるはずがない。一人でも逃げ出してしまえば包囲網が瓦解するのは間違いない。
そうなってしまえば残りの戦力は、四階層に待機しているトオルたちだけになる。彼らの中にレベル三がいたとしても、ケガと疲労が蓄積した状態であれば、倒す、逃げ切るどちらにしても、そう難しい話ではない。
少なくとも探索者の集団と戦うよりかは確率は高いだろう。
「そうそう。だから各個撃破をして、戦意を落として脱落者を出す。そういう作戦だと思ったんだよ。その場合、すでに各個撃破が終わっていて、あとは襲撃するだけになっている可能性が高い――だったら、あそこにいた方が危険だと思って、一番最初に手を上げたんだ」
「でも実はこうやって、確認しに来た探索者をまた返り討ちにする作戦だった場合は?」
里香の指摘も一つの可能性としてはありえる。
だが正人は、待ち伏せされていることについては心配はしていなかった。
「多分、大丈夫じゃないかな。今のところ探索スキルに青いマーカーは浮かんでいないから」
安心している理由に探索スキルの存在がある。人間同士の敵味方判別はできないが、周囲にパーティーメンバーしかいない状況であれば問題はない。
近づいてくるような青いマーカーだけ気をつければ良いのだ。
特に三人組であれば逃げるか、潜伏して奇襲するなど、やりようは色々とある。
そういった事情もあり、個別で動くことに決めた。先に気づくこともできるので、何かあればすぐ逃げ出すつもりであった。
その後、無言のまましばらく進むと、冷夏が周囲の変化に気づく。
「あそこに争った形跡があります」
指さした先には、小さな穴がいくつも出来ていた。背の低い草には泥がついていて、複数人の足跡もある。ここで戦闘があったことは疑いようもない。
探索スキルは、正人たちだけしかいないことを示している。襲撃犯がないことを確認すると、戦闘があった現場の中心に移動して周囲を観察した。
表面上は何も残っていない。モンスターとの戦闘があったように見える。
だが、よく見ていると地面が不自然に盛り上がっている箇所があった。
「正人さん……」
隣にいた里香も同時に見つけていた。
数秒遅れて、冷夏とヒナタも気づく。
「私が行く。探索スキルに反応はないから危険は無いと思うけど……三人は周囲を監視して欲しい」
正人は盛り上がっている地面を足で蹴る。
一部が削れて、ダンジョン鉄のブーツに泥が付いた。
中には泥があるだけだ。だが安心するのは早い。何度も何度も泥を蹴り飛ばしていく。
「空振りか。考えすぎだったのかな……?」
正人は残念なような、でも何もなくてほっとしたような、そんな複雑な感情が沸き起こった。自分は考えすぎで、偶然、一人だったところを狙われた。
その可能性が高まったと思い出したところで、地面から金属の一部が出ていることに気づく。
「これ、は?」
しゃがんで泥をかきわける。すると、折れた剣があった。
腕が汚れることを無視して、さらに掘っていくとガントレットが出てくる。持つとずっしりと重かった。ガントレットだけの重さではない。
いつのまにか里香、冷夏、ヒナタが正人の周囲に集まり、見守っていた。
大きく息を吸って覚悟を決めた正人は、大根のように思いっきり引き抜く。
「ウッ!!!」
頭部、喉、左胸、急所の三カ所に穴の空いた死体が出てきた。硬直はしていないため、死後、あまり時間が経っていないことが分かる。
その下には、重なるように四人の死体もあった。どれも男性だが、内臓が飛び出ているものもあれば、体の一部が吹き飛んだものもある。
あまりにも唐突に出てきた悲惨な死体に対して、里香たちは目を背けて直視できなかった。
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