第290話 私が知っているのはここまでです

 豪毅はスマホを手に取ると通話ボタンとスピーカーモードをタップする。


 これで正人にも通話相手の声が聞こえるようになった。


「調査は終わったんだろうな。結果を言え」

「精神支配を含めたいくつかのスキルカードが紛失しておりました」


 重大な事件が発覚したため声は震えている。


 担当者はクビになる覚悟をしていた。


「本日中に詳細をまとめて提出するように」

「かしこまりました。すぐに対応いたします……処分の方ですが……」

「今回はなしだ。その代わり原因の調査及び再発防止策を報告しろ」

「は、はいっ!」


 探索協会は他人の失敗に厳しく、蹴落とすことが日常である。副会長となればその傾向が顕著に出るのだが、危険物を管理している担当者を責めることはなかった。


 これには理由がある。


 紛失したスキルカードの調査を優先しなければいけないため、スキルカードの管理に詳しい担当を変えられないのだ。


 また責任を追及する時間も惜しい。


 既に探索協会の一部は侵略されている状態でもあるため今は一刻も早く危険なスキルカードを回収するべきだと、豪毅は冷静に判断したのだ。


「渋谷で使われた召喚のスキルカードをどこで入手したのか気になっていたが、もしかたら探索協会から盗み出したのかもしれんな」

「その可能性は十分あります」

「この情報が世に出たら非難は避けられん。すべて内密に処理する」

「かしこまりました」


 通話が切れた。


 豪毅は鋭い目つきで正人を見る。


「聞いての通りだ。ラオキア教団が侵入して盗み取った可能性が高まった。山田の精神支配といい頭が痛くなる事件は続く」

「重大な問題ばかりで困りますね」

「だったら知っている情報をすべて提供してもらえないか?」


 他にも正人は何かを隠していると豪毅は感づいている。


 問い詰めるような言い方であった。


「確実な情報ではないため黙っていましたが、盗んだのはユーリさんでしょう」

「透明になるスキルを使えば侵入はたやすい、か。もしそうなら監視カメラに不審な点が残っているかもしれん。後で確認しておこう」


 職員の後を付いて保管場所に入り金庫を開けたとしても、ユーリがスキルカードを持てば透明化の影響を受けて消えてしまう。一瞬の出来事であるため注視しなければ気づけないが、そうなるとわかっていれば発見は容易である。


 スキルカードが盗み出された調査は、意外と早く終わりそうであると豪毅は内心で喜んだ。


「で、他には?」


 まだあるだろ、とさらに正人に圧力をかける。


 鬼人族やユーリを匿っていること、鳥人族など他にも隠し事は多い。本来は情報を開示して助力を願うべきなのだが、どこに精神支配された人がいるか分からない状況で、うかつなことは言えない。慎重に行動する。この方針は変わらなかった。


「ありません。私が知っているのはここまでです」


 だからキッパリと拒絶した。


 他にも情報があると言っているようなものだが、副会長といえども今の正人には強気に出られない。部下を派遣して監視しようとしても失敗に終わるのは目に見えている上に、バレたときのリスクを考えると取りたくはない手段だ。


 交渉材料はない。


 引き際だろう。


「わかった。何か思い出したら、気軽に声をかけてくれ。これは私の番号だ」


 スマホを操作して自らの電話番号をディスプレイに表示させると、正人に見せた。


 ラオキア教団に精神支配されている山田のことを考えれば、副会長と直接話せる機会は作っておいて損はない。電話帳に番号を記録した。


「何かあれば必ず連絡します」

「頼んだぞ」


 会話が一段落付いて、正人にふと疑問が思い浮かんだ。


 副会長とは話せる立場になったが、会長とは会うどころか話すら聞いたことがない。一体どのような人物なのだろうか。興味が湧く。


「そういえば探索協会の会長ってどんな方ですか?」


 突然の質問に豪毅は驚きつつも、組織に興味を持つことは良い傾向だと思った。


 ここで良い印象を残せば正人を引き込む一つの材料になるかもしれない。


「世界中にダンジョンが出現しだしたときからずっと、ダンジョンに潜り続けている伝説的な人物だ」

「二十五年前に活躍……今おいくつなんですか?」

「わからん。恐らく八十ぐらいだろう」


 その年になってもダンジョンに入ってモンスターと戦っていることに、正人は驚きと共に違和感を覚える。


 いくらレベルアップして肉体が強化されたといっても老化には抗えない。筋肉や視力だけでなく脳機能も衰えるので、瞬間的な判断能力も大きく落ちる。


 今までお通りに体が動かないので普通は引退するかモンスターに殺されてしまうのだ。


「よくダンジョンで活動できてますね」

「スキルのおかげで見た目は四十代のままで健康に過ごしているからな。戦うには問題ないそうだ」

「まさか不老――」

「おっと、そこまでだ。それ以上は口に出しちゃいかん」


 厳しい口調で豪毅は止めた。


 その行為事態が正人の出した結論に間違いはないと言っているようなものだ。


「では質問を変えます。なぜ会長はダンジョンに入り続けているのですか?」

「あのじいさんは世間や組織なんて興味ない。ただただ未知の世界に夢見ているだけだ」

「それでよく会長職をやっていけますね」

「創設者だからな。すべての権利をにぎっているから誰も逆らえん。実質、組織を動かしている副会長であるワシは代理でしかない」

「そこまでしてなぜ、探索協会を維持するのですか……」

「自分がダンジョン探索に専念できるよう環境を整えただけだ。それ以外の理由はない」


 トップが探索以外に興味はなく、組織運用は他人に任せっきり。


 探索協会が腐敗している理由の一つでもあった。




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