第237話 後ろの三人を紹介してくれないかね?

 地下駐車場に入った正人は、ケガをした冷夏を『復元』のスキルで回復させ、仲間は無事に生き残れた。


 後始末は応援に駆けつけた探索者に任せて後方に待機する。数時間後、呼び出されていたモンスターの討伐も終わり、モンスターを使った渋谷襲撃事件は無事に解決したが、被害は非常に大きかった。


 死傷者は百名以上となり、蛇神が巻き付いていたビルは半壊していて再利用は不可能。一度壊して立て直さない限り以前と同じような姿は取り戻せない。


 また今回の事件の調査及び修復作業等をしているため、一部地域は一般人の立ち入り禁止となっている。


 自然と人々の足が遠のいてしまい、渋谷とは思えないほど人の姿が少ない状況だ。


 そんな街を正人たちのパーティーは歩いていた。探索協会に呼ばれたのだ。


 破壊されて壊れてしまったコンクリートの道を進む。たまに色が変わっている箇所がある。そこは死体があった場所で大量の血の跡が残っているのだ。


 多くの人が死んだ場所を歩いていることもあって、四人は無言だ。普段は明るいヒナタですら何も言えず口を閉じている。


 復旧作業をしている作業員の近くを通り抜け、探索協会のビルへ入った。


 いつもは大勢の人で賑わっているこの場所も、今は誰もいない。静寂に包まれている。


 騒動の影響で停電しているため室内は薄暗く、正人が一歩踏み込むと、靴音が室内に響き渡った。


「お化けが出てきそうだね……」


 冷夏がヒナタの腕を掴み、怯えている。


 モンスターとも果敢に戦う強い女性ではあるが、お化けといった不確かな存在が苦手なのだ。


「お姉ちゃんは昔から変わらないねー」

「仕方がないでしょ! 怖いものは怖いんだから……」

「でも冷夏ちゃん、今は昼だよ? お化けなんて出ないよ」

「最近は昼も油断できないの。ほら、あそこに人影がっ!」


 震える指で示した床には、確かに人の影があった。動いている。


「歩いている音が聞こえるから迎えが来たんだよ」


 いたって冷静な判断をした正人は、人影の方に向かって歩く。


 里香や腕を振りほどいたヒナタも続く。


 一人だけ残された冷夏は左右を見る。誰もいない。観葉植物の葉が動いたように見え、ぶるっと体が震える。


「ま、まって。私も行く~」


 小走りで二人に追いつくとヒナタと里香の手を握った。


「もう怖がりだねぇ」


 里香が腕を絡め、ヒナタも同じことをして三人の密着度があがった。


 そこには友情、戦友といった強い絆を感じられる。


「やぁ。早い到着だったね」


 影の主は谷口だった。


 姿を現すと軽く手を上げながら正人の前で立ち止まる。


「お久しぶりです。あの後大丈夫だったんですか?」


 正人はヘリコプター内で通話相手にキレたことを言っている。


 探索協会に対して真っ向から反発したのだから、心配して当然だろう。


「いやー。こってりと絞られましたよ」

「え、それって大事じゃ……」

「いえいえ。正人さんが問題を解決してくれたので、結果的にお咎めはなしで終わりました」


 大きな被害は出てしまったが、正人以外の人間が対応していたら解決すらできなかった問題だ。


 また探索協会は悪くないという事実を作るために、現場の判断は適切であったとしたかった。そんな思惑もあって、暴言を吐いた谷口は多少怒られる程度で終わったのだ。


「私たちの努力も無駄ではなかったんですね」

「もちろんです! 正人さんが蛇人……でしたっけ、あれを倒さなければ渋谷の一部はずっと異界にいったままだったかもしれません」

「戻って来れないって、そんな恐ろしいスキルだったんですか?」


 正人の質問に谷口は首を横に振る。


「わかりません。あのスキルの情報はどこにもないんです」

「地球で初めて使われた未知のスキルということですか」

「もしくは使われた人たちは全員死んだか、ですね」

「…………」


 正人は蛇神の死後に現れた蛇人の情報も一切分かっていないだろうと思った。


 ダンジョンを使った侵略が進む中、組織の力すら対応が難しくなっている。


「今日は、異界のことを聞きたいと?」

「それもありますが、メインは他のことですね。詳細は呼び出した本人に聞いて下さい」


 正人の後ろにいる三人に手を振って挨拶してから、谷口は背を向けて歩き出した。


「行こうか」


 豪毅と会うために正人たちも五階の会議室へ向かう。


 停電の影響でエレベーターは使えず階段での移動となるが、鍛えている四人にとっては気にするようなことではない。


 息を切らしている谷口を見ながら五階に到着すると、細い通路を歩く。


 壁には窓があって外が見えた。


 昼間なのに人のいない渋谷は寂しく感じる。


「こちらです」


 前を見ると谷口がドアを開けていた。


 正人が最初に入る。


 部屋の中心に細長い机があり、椅子が八脚あった。魔石で動く照明を使っているため周囲は明るい。


 一番奥に座っている豪毅が立ち上がると、両手を開いて来訪を歓迎する。


「副会長の豪毅だ! 正人君、後ろの三人を紹介してくれないかね?」

「私のパーティーメンバーです」


 言いながら一歩横にずれると里香たちに「ちゃんと自己紹介するんだよ」と伝える。


 これからは大人との付き合いが増えるため、慣れてもらおうと思ったのだ。


「ワタシは里香です。よろしくお願いします」

「双子の姉の冷夏です」

「ヒナタだよー!」


 名前しか言わない簡潔な挨拶だったが、豪毅は気にした様子はない。


 孫を見るような優しい目だった。


「そうか! 三人ともよろしくな! 適当な場所に座ってくれ!」


 許可が下りたので里香、冷夏、ヒナタは出口に近い椅子を選び、正人は豪毅の正面の椅子に座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る