第37話アイツ、最近変わったぞ

 探索協会に訪れた一週間後。

 今日も昼頃になると、里香が正人の家に訪れていた。


 リビングに置かれたテレビはインターネットにつながっており、探索者関連の動画が流れている。機械に疎い正人の代わりに里香が設定したのだ。


 これによってダンジョンや探索者にまつわる情報収集がはかどるようになり、正人はインターネット接続の提案から設定まで、一人でこなした彼女に感謝していた。


 テーブルには、四人分の皿が並べられている。中心には銀色の底の深い鍋があって、中にはナスがたっぷりのボロネーゼが入っていた。


 正人がソースから作ったお手製料理だ。探索の仕事がお休みだったこともあり、特に最近は料理に力を入れていた。


 正人がトングを使って、それぞれの皿にボロネーゼを入れて終わると、昼食が始まる。


「このソースがお手製なんて・・・・・・とっても美味しいです! お店に出せるレベルです。近所に正人さんのお店があったら、毎日通っちゃいます!」


 口に入れた瞬間、里香はぱぁーっと花が咲くような笑みになった。

 この世にある全ての幸せをかみしめているかのように、嬉しそうにモグモグとボロネーゼを、そしゃくしている。


 特に家庭の味に飢えていた里香にとって、ここ一週間の食事は人生でもトップレベルに入るほど幸せな時間であった。


「お前、褒めすぎじゃねーか? ふつーだろ」


 だがそれも一緒に住んでいる家族にとってみれば、いつも通りの味だ。


 過剰反応をする里香を烈火が批判した。不味いと思うわけではないが、絶賛するほどでもないといった評価。あまりにも料理に関する感想が違いすぎる。思わず言ってしまったのだ。


 だがこの発言によって、気分を害した人もいる。


「僕は里香さんが言う通り、お店の料理と遜色はないと思うよ。あと、烈火」


 春が食事の手を止めて烈火を見た。


「今の発言は、作ってくれた兄さんに失礼だ」


 物腰柔らかで他人との衝突を避ける春にしては珍しいほど、はっきりと言い切った。

 口には出さないが里香も、頬を膨らませて春の意見に同意している。


 二人の反応を見て烈火は瞬時に反省した。


 料理を作ってくれるのは当然だと、両親を失ってから試行錯誤をして料理を覚えた正人への感謝の気持ちが、いつのまにか薄れていたことに気づいたのだ。


 最初なんてパスタをゆでる時間を間違えて、固くて食べられたものではなかった。「ごめんね。もっと頑張るよ」と言いながら、悲しそうに流し台に捨てる姿を思い出すと、烈火の胸が締め付けられそうになる。指に絆創膏をつけていた日々もあった。


 宣言通り努力を続けると少しずつ改善されていき、今では誰もが美味しいと思えるほどの腕前に成長したのだ。


 正人が諦めず、弟のために努力を積み重ねたことを忘れ、いつの間にか日常の一部として当たり前だと受け入れていた。ある種の傲慢な気持ちに気づけたのだ。


「ごめん。俺が間違っていた。正人兄貴の料理は上手い。それは間違いないんだ」


 素直に謝る烈火だったが、当の本人は一連の会話を一切聞いていなかった。

 テレビで流れている映像を見ていたのだ。


「ん? ああ、気にしてないよ」


 生返事をする正人。一瞬だけ烈火を見てから視線をテレビに戻す。


 そこにはダンジョンや探索者の情報に特化した解説者が映っていた。後ろにはホワイトボードが壁にかかっていて、びっしりと文字が書き込まれている。


「兄さん、気になったことでも?」


「探索協会から発表があったんだけど、さっそく解説しているみたいでね」


 五階層の最短突破記録の更新、ボスの特殊個体発表が、二大ニュースとして取り上げられていた。


 ライブ配信のようで、誠二がゲストとして登場して話している。ちょうど五階層突破時の感想を聞かれているところで「狙ったわけではありません」「仲間のおかげです」などと、笑顔で答えている。


 時折、冷夏やヒナタの名前は出てくるが、正人、里香は一切出てこない。あまり目立ちたくなかった正人が依頼したことなので予定通りだ。約束を守っている誠二に安堵していた。


「誠二君とは、もう一緒に行動しないの?」


「もうないかな。考え方があわない。自分のペースで進みたいからね」


 視線はテレビ釘付けになったまま考えを伝えた。


 生活費をかせぐために探索者になった正人と、有名になるために探索者になった誠二。ダンジョン探索への姿勢が異なるため、今後先に進めば意見の衝突は避けられないだろう。


 実績を優先する彼の方針は、下層に行けば行くほどリスクは高まる。無謀だと思えるチャレンジすらやってのけるだろう。


 弟の生活だけではなく、里香のことも考えなければいけない正人にとって、容認できるものではなかった。


「それが良いと思う。少ししか話したことないけど、彼は信用できるタイプでなさそうだったからね」


 春も同意するが、理由は正人と少しだけ違っていた。


 目的のためなら手段は問わない危うさを感じていたのだ。さらに覚悟や経験も足りず、力が必要なときに役に立たないどころか足を引っ張るだろうと思っていた。


 事実、オーガ戦では似たような状況だったので、春の予想は的外れともいえないが……それは、過去の話だ。


「アイツ、最近変わったぞ?」


 烈火の言葉に興味をもった正人が、ようやくテレビから視線を外した。


「パーティーを解散したって聞いたから、その影響かもしれねーけど、前と違って多少は謙虚になった」


 実戦で役に立たないどころか仲間を攻撃してしまった誠二のプライドは、粉々に砕かれてしまい、今までのように根拠のない自信はなくなっていた。


 自らの能力の限界を理解した誠二は、出来る範囲を広げるための努力を始めたのだ。里香を攻撃したことは許されることはないが、事件を経て反省をし、一歩、一歩、前に進もうとしていた。


 正人や春が今の誠二を見たら、別人だと思うかもしれない。


「へー。変わるもんなんだね」


 烈火の話を聞いてから、ライブ配信に出演中の誠二をもう一度見る。

 言われてみれば、発言や態度が変わったように見える。


 記録突破を自らの成績ではなく、パーティーメンバー全員のおかげだと、他者に感謝している姿は、出会った頃の誠二とは印象が大きく違う。


 冷夏やヒナタも精神的に成長しているかもしれない。正人はそんな期待感を持っていた。


「探索の再開はいつにします?」


 正人が誠二の変化に興味をもった一方、里香はどうでも良いといった態度で質問をした。


 生活がかかっているので、他人の変化より今後の予定の方がきになるのだ。


「明日からにしよう。肩慣らしで四階層を探索しようか」


 発表が終わったので自粛期間は本日で終了だ。


 早速、明日から探索を再開するのだが、さすがにブランクがある状態で未体験の階層に行くのは無謀。正人は、しばらくは四階層で探索して資金と戦闘のカンを取り戻そうと考えていた。


「遠征用の道具もそろえたいので、賛成です!」


 ダンジョン内を自由に移動できるワープ装置といったものは存在しない。そのため、日帰りで行ける距離は決まっていた。東京ダンジョンであれば五階層目が境目とされている。多少無茶をすればもう少し先まで行けるが、効率は落ちてしまう。


 往復の距離、探索者の体力などを考慮すると六階層目からは、ダンジョンで一泊することが推奨されている。そういった準備をするためにも、四階層での探索は必須であった。

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