第38話強くなりました
翌日の早朝。正人はミニバンを運転して里香を迎えに行く。
彼女の防具や道具を後部座席に入れてから助手席に座ってもらうと、東京ダンジョンに向けてアクセルを踏む。
一週間ちょっと休んでいただけだったが、少し前までは毎日、助手席に乗っていたため、里香はなんとも懐かしい気持ちになった。
お互いに話すことはなく車内は無言のままだが、二人の機嫌は悪くない。むしろ久々に探索できることにウキウキしていた。
車を駐車場に停めて、武具を身につけてからダンジョンの入り口を管理をしているビルに入る。
エントランスでは、複数グループの探索者が装備を確認や談笑しており、ダンジョンに入る準備を進めていた。その多くは五人前後のグループだが、二十人ほどの集団もある。側には大量の荷物が置かれているため、これから十階層以降の遠征を予定しているパーティーだと予想できた。
そういった探索者グループのほとんどが、ビルに入ったばかりの二人をじっと見つめていた。
「なんか、見られている気がします・・・・・・」
「気のせいじゃないよ。ボスの特殊個体について発表されたばかりだからね。しばらくは続くかも・・・・・・」
困った表情をしている正人だが、心境は複雑だ。
昨日の誠二の変化を聞いて、自分も変わるべきではないのかと思うようになっていたからだ。
むろん、家族のために無茶や無謀なことをするつもりはない。少し前の誠二とは、考えがあわないのは変わらないが・・・・・・楽しいと思える今の状況を十年、二十年も続けられるのだろうか?
そんな疑問が思い浮かんでいるのだ。
スキル昇華といった希少なスキルを覚えて、激戦も乗り越えてきた。探索者としての自信がついたのは間違いないが、唯一無二のスキルをずっと隠し通す自信はない。
恐らくどこかのタイミングで発覚してしまうだろうと、正人は予想していた。
もしその時、無名のままだったら、探索協会にいいように使われてしまう未来もあり得る。正人は「若者の犠牲――血をすすって生きる吸血鬼ども」と、吐き捨てるように言った谷口の顔が忘れられないのだ。
道明寺隼人や宮沢愛のように、簡単には潰せないほどの影響力を持つべきかもしれない。正人が、そういった結論に至るのも無理はなかった。
決断は出来ないままだが停滞は衰退につながることは、うっすらと見えてきている。
(今の生活を守るために、探索者としての人生プランを考え直す時期なのだろう。
とはいえ、今は探索に集中したほうが良いか・・・・・・)
正人は首を横に振って気持ちを切り替える。
「面倒なことになる前に、先に入っちゃおうか」
探索者の免許を取り出すと、逃げるようにして入場ゲートを通り抜けると、人が一人分通れる穴を通って、東京ダンジョンへの中へと入っていった。
◆◆◆
久々に一階層、二階層の様子を観察しながら、ゆっくりと歩いて行く。兼業探索者が活動するエリアなので、相変わらず人は多いが、つい数ヶ月前よりも混み具合がひどくなっていた。
「なんだか人がいっぱいいますね。しかも、ケガをしている人が多いかもしれません」
里香に指摘されて正人は周囲を再び見る。
腕や足を押さえてうずくまっている探索者が多くいた。それも新品の装備を身につけている者ばかりだ。
近くで戦っている探索者は、ゴブリン一匹に対して三人で囲んで戦っているが、全員腰が引けていて、どう見ても無傷で勝てそうになかった。
「新人なのかな。とはいえ、ひどい状況だね・・・・・・」
正人のように戦う技術を学んで探索者になったのとは違う。まともに訓練をせずに探索者になって、ダンジョンに入っているのだ。
探索者の免許は最低限の知識と無抵抗なモンスターを殺す試験さえ受けてレベル一になれば、誰でも取得できる。そのため探索者の中でも戦闘技術の差が激しいのだが、通常であれば何も準備をしていない探索者がここまで増えることはない。
十五階層突破のニュースを見て、ろくに戦う準備も覚悟も出来ていない探索者が急増したのだった。
「行こう。私たちには関係がない」
この光景を見て何も感じないわけではない。だが、個人で出来ることは何もないため、無視をして先を進むことに決めた。
二人は三階層に降りて、そのまま四階層まで移動する。
ここまでくると一階層にいたような初心者は見かけない。休止前に訪れたときと変わりがなかった。
「ようやく四階層につきましたね。どうします?」
「最大でも五匹ぐらいまでのグループを狙って倒していこうか。里香さんが突っ込んで、私が遊撃としてモンスターを処理する。そんな戦い方でも良いかな?」
正人の提案は一見すると無謀とも思えたが、レベル二になった里香であれば何も問題はない。慣れれば一人でも無傷で切り抜けられるだろう。
「頑張りますねッ!」
元気のよい返事を聞くと、正人は笑顔でうなずいてからスキルを使う。
――索敵
脳内にレーダーマップが表示され、赤いマーカーが表示された。
小規模のグループを見つけると目的に向かって歩き出す。里香はその後をついて行く。最短距離を歩く二人は、数分でモンスターの近くまでたどり着いた。
「この路地を曲がるとモンスターが三匹いる。いける・・・・・・?」
「任せて下さい。私一人でも十分です!」
「そういうことなら、私はこの建物の上で周囲を監視するよ。ピンチになったら助けるから安心して」
「はい!」
里香は買ったばかりのアダマンタイトの剣を強く握りしめると、路地を左に曲がって姿を消した。
――肉体強化
正人は全力で跳躍すると、石造りの建物の屋上に飛び乗る。眼下には戦闘を始めたばかりに里香がいた。
相手はオーク一匹とゴブリンが二匹。ゴブリンが粗末な剣を振り回して里香を襲うが、当たる気配はない。
里香は、まとめて反撃しやすいポジションまで誘導すると、すくい上げるように剣を振り上げ、右側にいたゴブリンを両断する。さらに振り下ろしの一撃で、もう一匹を切り捨てると瞬く間にゴブリンを全滅させた。
「ブォォォ!!」
後ろでゴブリンに指示をするだけだったオークが苛立ちの叫び声を上げる。
その隙を今の里香が見逃すはずがない。全力で駆け出して急接近するが、オークは反応できない。里香の剣が顎から突き刺し、脳天を貫通させた。
「モンスターの叫び声って、本当に嫌いです」
剣を引き抜くとオークは倒れ、消えていく。
激戦を乗り越えて急激に成長した里香は、四階層に出現するモンスター程度では肩慣らしにもならなかった。
正人は健闘をたたえに建物から降りようとしたが、脳内のレーダーに青いマーカーが現れたので中断する。里香の後方に探索者が三名いたのだ。見通しの良い通路なので既にお互いの姿は見えている状態だ。
探索中に他のパーティーと出会うことはあるが、モンスターの取り合いになることもあり、ケガなどをしていなければお互いに干渉しないのが一般的なルールである。
相手もそのことを知らないはずはないのだが、里香に近づく三人組のパーティーは、別の道を選ぶことなくまっすぐ進んでいる。
不信感を覚えた正人は、ナイフを二本取り出すといつでも投擲できるように準備をする。「万が一、襲いかかってくるようであれば頭上から奇襲してやる」。そんな風に考えての行動だった。
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