第39話不快です

「よう! 一人で倒すなんて顔に見合わず強いんだな」


 先頭を歩く男性が里香に声をかけた。


 金髪だが目は大きく二重で、やさしそうな表情をしている。短槍を肩に乗せながら片手をあげていた。


 後ろの二人の内、一人は巨大な槌がついた1m以上もあるハンマーを持っている。もう一人は里香と同じように両刃の片手剣を持っていた。三人とも使い込まれたダンジョン鉄製の鎧を身に着けおり、新人には見えない。争いごとに慣れているようだった。


 里香は急に現れた同業者に警戒心をあらわにする。

 睨みつけて、いつでも動けるように構えた。


「おいおい! 俺らは何もしないって! ただ話がしただけなんだって!」


 男は慌てて、肩に乗せていた短槍を地面に突き刺して両手を軽く上げた。


「お前らも武器から手を離すんだ!」


 後ろを向いて指示を出すと、残りの二人も武器を地面において敵対する意思がないことを示す。


「お嬢ちゃん。これで信じてもらえたかな?」


「……それで、何の用でしょうか?」


 武器を手放したことに対して誠意を見せるため、警戒心は残っているが、里香は構えを解いて話に応じた。


「今、話題の探索者が、一人で四階層にるのが気になってな。ここはモンスターもチームとして動く。どうだ、俺らと一緒に探索しないか?」


「一人ではないので、その誘いは断らせてもらいます」


 里香が他にも仲間が居るとつたえると、男は笑みを崩さずに、キョロキョロと左右に首を振って周りを見る。だが正人を見つけることは出来なかった。


 肩をすくめて質問をする。


「お仲間は、隠れんぼが上手いらしいね。どこにいるんだい?」


「……あなたには関係ありません」


 正人が出てこないのには理由がある。隠れながらも守ってくれているのだ。そういった確信があるからこそ、震えて泣き出しそうなのを我慢して強気で対応する。


 里香は口を固く閉ざして相手が去るのを待っていたが、そうはいかなかった。


「そんな冷たいことを言うなよ。ちょっとは話を聞いてくれてもいいじゃないか?」


 目の前の男はがっくりと肩を落として、うつむく。

 全身で悲しいですよと、伝えるオーバーリアクションをしていた。


「…………」


 当然、里香は反応しない。

 しばらくの沈黙ののち、男がわずかに顔を上げた。


「どうしても、ダメか?」


「…………」


 再びの沈黙。

 ついに男は諦めて、別の話題に切り替える。


「それじゃ、オーガの特殊個体について少し聞いてもいいか?」


 姿勢は変わらないまま。別のお願いを言った。


 オーガの特殊個体については、一日にして日本中の探索者が知ることとなった。初見殺しのトラップには、それほどの話題性があったのだ。ご丁寧に名前と写真も掲載されていたので、この男が知っていても不思議ではないが――。


「こんな場所で……?」


 危険なダンジョン内で話すことではない。

 相手の発言の意図がつかめず、里香は困惑していた。


「部下が周囲を警戒しているから、少しぐらいなら大丈夫だろ。それに、地上に出てから会えるかどうかもわからねーしな。それともチャットのID交換をしてくれるのか? それなら後にしてもいいぞ」


 ここぞとばかりに畳みかけてきた。

 チャットのIDを交換などしてしまえば、迷惑なメッセージが毎日送られてきそうだ。そんな想像をしてしまった里香は、IDを交換してつながってしまうぐらいなら、ここで話してすぐに関係を切った方が後腐れがないだろうと、判断をした。


「……ここで話します。何が聞きたいのですか?」


「どんな戦いだったかってところだな。詳しく教えてくれ」


 そんなことでいいのか。里香が予想していたより、まともな質問だったのと、こんな相手とは早く分かれたいという気持ちが重なり、応えることにした。


 オーガが使った咆哮のスキルといった能力から始まり、正人の活躍や自分が活躍できなかったことへの後悔などを話していく。


 スキル昇華に関連する情報は伏せてはいるので、戦闘中に使ったスキルは一切話していない。


「ほー、ってことは、最近有名になった誠二じゃなく、その正人ってヤツがいたから生き残れたのか」


 先ほどのガッカリした態度から一転して、男は腕を組んで楽しそうに里香の話を聞いていた。


 誠二が表に出て目立っていることもあり、世間一般的には彼のおかげでオーガの特殊個体が倒せたといった考えが広がっている。もちろん、関係者は誰もそのようなことは言っていないが、逆に否定もしていないので、その間違った噂が真実に置き換わろうとしているのだ。


「ええ、あの人だけがまともに戦えていました」


 他者の視線が誠二に集まれば集まるほど、スキルについては隠しやすくなるので、正人の活躍を喋ってしまうのは悪手ではあるが、経験の浅い里香にそこまで考えて行動しろという方が無理な話だ。


 特に正人のことになればなおさらだ。抑えようとしても抑えきれない想いが、態度と言葉に出てしまう。


「やっぱ、こういう話は本人に聞くべきだな。いいことが聞けた! サンキュー!」


 男は満足そうに言った。


「では、そろそろどこかに行って下さい」


 これ以上つきまとわれたくない里香は冷たい目をしていた。


 目の前の男は、その程度の視線に怯えることはないが、引き際はわきまえている。くるりと反転して、後ろに控えていた二名の男性に声をかけた。


「もちろんだ! よし、お前ら別の道に行くぞ!」


 地面に突き刺したままだった短槍を抜き取って、肩に担ぐ。


「うっす」

「はいはい」


 それぞれ返事をすると、武器を拾い上げてから歩いてきた道を戻って、去って行く。


 里香は三人の姿が見えなくなるまで、じっと見つめていると背後から音が聞こえる。振り返ると正人がいた。


「お疲れ様。大丈夫だった?」


 正人の顔を見た瞬間、里香は緊張感から一気に解放されて、思わず抱きついてしまう。


 残念ながら人の温かみや柔らかさは感じられない。固い金属同士がぶつかり無機質な音が、正人の耳に残った。


「もー、怖かったです! すぐに来てほしかった!」


 顔を上げた里香は涙目になっていた。

 ひどい罪悪感に襲われた正人は、安心させるように背に手を回して抱きしめると、優しい声で謝罪をした。


「頼れるパートナーの里香さんなら、一人でも大丈夫だと思ったんだ」


 尊敬している正人に"頼れる"と思われ、任されていたのであれば、これ以上の文句は言えなかった。


「それに変な動きをすれば、すぐに守れるように準備していたんだよ?」


 先ほどより落ち着いた里香は、ようやく腕を放して一歩下がる。


「もぅー。わかりました」


 少しふくれっ面をしながらも、嬉しそうな感情は隠し切れていなかった。

 鼻歌交じりに先ほど倒したモンスターの魔石を拾い始める。


「それにしても、さっきの探索者は何だったんだ?」


 小さくつぶやいた正人は、先ほどまでいた探索者が気になりながらも、少し遅れて魔石の回収を手伝うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る