第40話どっちを選ぶべきなのか
探索を再開した二人は、さらに先へと進む。
索敵スキルで警戒しながらも廃墟都市の景観を楽しみ、たまに発見するモンスターには奇襲でまとめて倒していいるため、危険といえるような状況にはならない。
レベル二の二人がいれば、四階層のモンスター程度だと相手にならないのだ。
今なら、モンスターハウスですら切り抜けるのは難しくないだろう。
さほど時間をかけずに、第一目的地である四階層の中心にたどり着く。
そこは、ちょっとした広場になっており噴水があった。
勢いは弱いが水が湧き出ており、数センチほどの深さの水たまりを作っている。
周囲には噴水を囲むようにして、破壊されたベンチが規則的に配置されていた。
昔は恋人たちの憩いの場として使われていて、屋台やパフォーマーなどで周辺は賑わっていたかもしれない。そんな幻影が見えてしまうような場所だ。
そのちかくにぽっかりと穴が開いており、五階層に進む階段がある。
正人は周囲を見渡すと、探索者のグループがいくつかあることに気づいた。
思い思いの場所に腰を下ろして休憩している。これから五階層へ向かうパーティーや四階層の奥に進むパーティーなど、彼らの目的は様々だ。
正人と里香も他の探索者にならって、まともな姿を残したベンチに座る。
「ここが本来の入り口……」
「だね。順序が逆になったけど、ようやくこれた」
「この下にボス――オーガがいるんですよね?」
里香の声は、緊張をはらんでふるえていた。
同じボスは二度戦うことはないため、二人はオーガと再戦することはないが、それでも恐怖心は抱いたままだ。目の前で人が叩き潰された光景を忘れることはないだろう。
「そうだね。部屋の中に入ると自動でドアが閉まってオーガが出てくるみたい。閉まっている間は、他のパーティーは絶対に入ってはいけないルールがあるから気をつけようね」
特殊個体でなければドアを開けて逃げることはできるが、他のパーティーが入ってくることはない。獲物の横取りといったトラブルに発展するからだ。
特に希少なスキルカードが手に入った場合、法の及ばないダンジョン内であれば何が起こっても不思議ではない。
目撃者さえいなければ、殺し合いが始まっても「ボスに殺された」と口裏を合わせてしまえば問題はない。地上の常識が通用しないダンジョン内で、事件を調査するのは困難を極め、大抵の場合は事故として処理されてしまう。
免許を取得する際の注意事項にも「パーティーが戦っているときは、相手が助けを求めるまで手を出してはいけません」と書かれるほど、探索者にとって重要なルールとして広がっていた。
「もちろんです。ドアが閉まっていたら空くまで必ず待ちます。しばらくはオーガの顔は見たくないですし」
あははと、乾いた笑いをする里香に正人は同意する。
「そうだよねぇ……」
正人は同意しているように言っているが、心中は少し違っていた。
先に進めばモンスターも強くなるのは間違いなく、さらにレベルアップを望むのであれば、激しい戦いは避けることはできない。そういった危険を避けたい気持ちはあるが、それと同時に、自身がどこまで先に進めるのか挑戦してみたいといった思いもあるのだ。
特にスキル昇華を覚えてから徐々にそういった気持ちが強まり、オーガ戦を経て自覚するようになった。
まだこのことは誰にも言っていない。本当に最前線で活躍する探索者を目指すべきなのか、それともこれ以上の先は目指さず、安全第一で探索を続けるか。その二択で悩んでいる。どちらかを選ぶにしては、決め手が足りなかった。
「あのぉ……小腹が減りませんか?」
里香の控えめな質問と見せかけたお願いを聞いて、正人は思考を中断する。
同じく空腹を自覚したからだ。
「そうだね。おなかが減ったし、簡単な料理を作ろうか」
「やったー! 楽しみです!」
正人はリュックから小ぶりのフランスパンを取り出すと、料理用のナイフで斜めに薄く切っていく。その上に生ハムとチーズをのせて胡椒をかけた。
涎を垂らしそうな勢いで見ていた里香に、手渡しすると、正人の脳内にメッセージが流れる。
『料理、食材を加工する作業をサポートする』
「ええ!?」
驚きのあまり、思わず声に出してしまった。
何が起こったのか分からない里香は、フランスパンをくわえながら首をかしげている。
正人は人がいないことを確認してから、里香の耳元に顔を近づけると小さくつぶやく。
「料理のスキルを覚えたみたい」
言い終えると、すぐに顔を離した。
「――ふぁ!?」
里香は口にくわえていたパンをポロリと落とすと、顔が真っ赤になる。湯気が出そうな勢いだ。
戸惑いながらもなんとか返事をしたが、正人を直視することはできず落ち着きがない。
「こんな簡単に覚えられるはずはないんだけど、なぜこのタイミングだったんだろう?」
「そ、それより、た、たぶん、新発見ですよ。誰も覚えていないはずです」
「なんと! ……私が人類で初めて覚えたのか」
改めてスキル昇華の特異性に気づかされた。
魔力視を使えば他人が使うスキルを覚えることもでき、さらに日常で経験したこともスキルに昇華される。まさに万能。もし、このスキルを道明寺隼人が持っていたら、どうなっていだろうか?
正人は想像する。
十六階層、十七階層と順調に進み、二十階層のボスも難なく倒せるだろう。そしてダンジョンの未知なる景色を見続ける。そんな生活だ。
探求心。それが探索者が本来持っておくべき資質だろう。
モンスターと戦うだけではない。様々な困難が待ち受けていることは容易に想像できるが、それでも未知なる世界を開拓していくことは、探索者という職業の魅力であるのは間違いなかった。
そんなことを考えていると、使い続けていた探索スキルが反応をした。
青いマーカーが急増したのだ。
「ん? いっきに数が増えた」
「え!? 今度は何が!?」
「こっちに向かっている探索者の集団がいる。人数からして、遠征するチームがきたんだと思う」
正人の言葉を証明するように、ざわめきとともにダンジョンの先を目指す集団がきた。噴水の近くにまで来ると全員が立ち止まる。
中心にいるのは道明寺隼人。大剣を背負っている。周囲を従えている姿は地上で見た時よりカリスマ性が高まっているように思えた。
「予定通り、ここで三十分の休憩だ!」
全員に指示がいきわたると、隼人も休憩をとる。その近くには回復スキルが使える小鳥遊優が陣取っており、男二人で和やかに話していた。
カリスマ性があり、大勢の頼れる仲間。さらには積み重ねてきた実績。すべてを兼ね備えている隼人を前にしても、正人は最初に出会ったころのような嫉妬心は湧き上がってこなかった。
その理由として、里香の存在は大きい。境遇を分かち合える仲間がいることによって、孤独にはならず、嫉妬や絶望といった負の感情が湧かなくなってきたのだ。
「――さん」
隣を見ると、里香が指先で肩をつついていた。
「騒がしくなりましたけど、このまま休んでます?」
「いや、そろそろ探索を再開しようか」
何となく体を動かしたくなった正人は、ちょうど良いと思い立ち上がる。
「はい! 戦闘は任せて下さいね! バン、バン、倒していきますから!」
元気よく里香も立ち上がると、二人は四階層の奥に向かった。
特殊個体に出会うような事故は起こらず、その後も探索は順調に進み、オークの魔石十個とゴブリンの魔石二十個を手に入れる。
換金すると五万円。二人で割ると二万五千円の現金が手に入る計算となる。ようやく収入ができたので、ようやく一息つくことが出来たが、まだまだ余裕はない。
休んだ分を取り戻すかのように、翌日もダンジョンに通うことになっていた。
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