第41話最悪の思い出になりました
連日の探索で十分な資金を稼ぎ、ダンジョンで一泊するための道具を追加購入した二人は、六階層の土を踏んでいた。
湿地帯ではあるが不快な感じはしない。過ごしやすい空気ではあるが、歩くごとに水を踏む音がする。
辺り一面は背の短い草が生い茂り、所々に小さな池が散見された。探索者を奥へと連れて行くための木道がいくつもあり、遠くを見ればどこまでも続く地平線が見え、闘争心が薄れてしまうほどの美しい景色が広がっていた。
「うぁー。開放感がありますね!」
誰もいない五階層を通り抜けて湿地帯にまで移動した里香は、感嘆の声を上げた。
旅行をしたことがない彼女は、初めて体験する景色に感動しているのだ。魔力で作られた偽りの景色だとしても、目と肌で感じた感覚は本物と変わらない。
「丘がない分、三階層の草原よりも、こっちの方が開放感があるね」
「ですね! あー。本当に気持ちいい! モンスターさえいなければ最高なのになぁー!!」
「いなかったら、ここに来ることもなかったけどね……」
「知ってますぅー」
頬を膨らませて明後日の方向を向く。なんのひねりもない正論にスネたのだ。
里香がこういった行動を取ることは珍しいが、開放感と正人への信頼感があいまって、心のガードが大きく下がってそのような行動に走らせたのだった。
「ごめん、ごめん。空いている拠点を探したいから、そろそろ行こうか」
探索者向けに販売されている地図には、ダンジョン内で夜を明かすに適した場所が休憩マークとして記載されている。岩をくりぬいた洞窟や木道の途中にある広場などが該当する。
ダンジョン内の擬似的な太陽が沈むまでに、夜を過ごす場所を確保しておかないと、徹夜で戦うことになってしまう。初めて訪れた場所だ。正人はモンスターと戦うことを優先せず、他の探索者よりも早く拠点を確保したいと考えていた。
「……逃げましたね?」
軽くあしらわれた里香はジト目で見上げるが、可愛らしい元女子高生がしても迫力はなかった。
「そんなことないよ。さ、先頭は任せて。後ろの警戒はお願いね」
里香の頭に軽く手を乗せてから撫でると、正人は歩き出した。
「あ、待って下さいー!」
ぽーっとしていた里香が慌てて走り出し、後を追うと一列になって木道を歩く。
少し先に進むと、小さい池の上を歩くことになる。水草が生い茂っているため深さは分からない。正人の探索スキルには何の反応もないが、不審な気配を察知すると立ち止まった。
「見て、水面から泡が出ている」
前方の水面から、ブクブクと泡が吹き出ているエリアがあった。
「フロッグマンですね」
探索スキルの欠点は、地上より下にいるモンスターを察知できないことだ。
それは地下だけではなく水中も同様で、今回は事前に里香から、湿地帯の水中にはフロッグマンが生息していると聞いていたため、気づくことが出来たのだった。
「ファイアーボールをぶつけておびき出すから、水中から飛び上がってきたら叩いてもらえるかな」
里香が首を縦に動かして同意すると、正人の頭上に火の玉が浮かび上がった。
時間をかけて魔力をたっぷりと込めていき、十分な熱量を持たせてから水面に向けて放つ。
重い爆発音と共に水柱が派手に上がった。数秒遅れて、バラバラと雨のように水滴が二人に降り注ぐ。水面を見ると、蛙の頭をもつ人型のモンスター――フロッグマンが二匹、手に持っていた銛を手放して浮かんでいた。
「……気絶しているみたいですね」
「このまま倒しちゃうと回収が面倒になりそうだから、起きるまで待つ?」
「そうしましょうか……」
しばらく待っても消えないことから、フロッグマンは生きているのは間違いない。
もう一度、ファイアーボールを打ち込んで倒すことも可能だが、ドロップ品は水の中に沈んでしまう。取りに行くのは危険なため、二人は待つことに決めたのだ。
数分後、意識を取り戻したフロッグマンは、武器も持たずに木道に飛び乗る。
「グゲェ!?」
「グェェェ!」
待ち構えていた里香の剣で両断され、もう一匹は投擲されたナイフが脳天に突き刺さって倒れる。何も出来ずに消え去ってしまった。六階層の初戦闘は何ともあっけない終わり方だった。
「初めて戦うモンスターだったので緊張しましたが、余裕がありましたね」
「うん。これでフロッグオイルまで落としてくれれば最高だったんだけどなぁ」
愚痴りながらも正人はナイフと魔石を回収してから、歩き出す。
池を通り抜けて周辺の水が少なくなると、サーベルを持った蜥蜴頭のリザードマンや犬頭のコボルトが出現するようになるが、全てを難なく倒していく。
モンスターの数が十匹近くあっても、ファイアーボールや肉体強化のスキルを使った正人がいれば、安全に戦うことが出来るのだ。
予定より順調に進んだことにより、当初予定していた拠点にたどり着く。
巨大な岩にできたヒビ割れの中に小さな空間ができており、おおよそ七~八人程度が中で休めるほどの広さがある。
まだ野営の準備をするには早い時間にもかかわらず、入り口から少し出たところに先客だった物があった。
「正人さん……これって……」
青い顔をした里香が正人の腕にしがみついている。
声は震えており、動揺していた。
「死んでる……ね」
頼られているから何とか冷静さを保てているが、精神的なダメージは大きい。三人分の惨殺死体があったら誰でも同じだろう。
モンスターに殺された可能性があるかもしれない。そう考えた正人は、里香の腕を振りほどくと死体に近づく。
切り傷だけではなく、何かで叩き潰された跡もあった。腕や足、または指などをキレイに切り刻んでる。共通点があるとしたら、どの死体も顔だけは一切の傷はないことだろう。
苦悶に満ちた表情のまま息絶えており、見れば見るほど不審な死体だ。
「死体を持ち帰れるほどの余裕はない。免許だけ持って帰ろう」
探索者がダンジョン内で死亡した時のルールは決まっている。
発見者は探索者の免許を持って帰ることが義務付けられているのだ。とはいえ、回収不可能な場面は多々あるため、義務を怠っても罰則などは一切なかった。
その他、装備品や死体の回収、埋葬については推奨止まりだ。持って帰っても遺族に渡すだけであるため、重い荷物を背負ってまで届けようとする探索者はほとんどいない。冷たいようであるが、ダンジョン内は一種の戦場なので、ときには非常な判断も必要となる。
「ま、正人さん……」
手伝えない申し訳なさを誤魔化すように名前を呼んだ。
正人はすぐには反応せずに、死体の荷物をあさり、血でぬれた免許を回収していく。すべてリュックやポーチなどに入っていたため、時間はかからなかった。
「物取りでもないかな? ……お待たせ。悪いけど、急いで帰ろうか」
「ど、どうしてですか?」
「この人たち、モンスターではなく人間に殺されたんだと思う」
「ッッ!?」
里香は両手を口に当てて絶句した。
「モンスターであれば、こんな非効率な殺し方はしない。死んだ後か前か分からないけど、バラバラにする必要がないんだ。手の甲を見たんだけどレベル二の人もいた。仮に不意打ちされたとしても、ここに出てくるモンスターであれば一匹ぐらいは倒せたはず。なのに、魔石は落ちていない」
二人のどちらかに検死の知識があれば、死亡時刻といった詳しいことが分かったかもしれないが、インターネットも通じないこの場所では、吐き気を我慢してまでこれ以上の情報を手に入れることは無理だった。まず精神がもたない。
「もしかしたら、ワタシたちより先に見つけて、魔石だけ持ち帰った人がいるんじゃないですか?」
「であれば、彼らの免許が残っているのはおかしいよ。もちろん、面倒だからといって、落ちていた魔石だけを持ち去った可能性は否定できないけど、バラバラ死体の説明にはならない。今回ばかりは最悪を想定して動こう」
「わかりました……」
こうして初めて訪れた六階層の探索は、他殺死体を発見すという苦い思い出で終わる。
地上に戻ると、ルールに則り探索協会に死体発見の報告書と探索者免許を渡す。
正人は、これで終わりだと思っていたが実は続きがあった。数日後、部屋でくつろいでいたところで、探索協会の職員――谷口から電話が来るのだった。
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