第42話いいですか、襲われることはないんです

「報告書を見ました」


 それが谷口の第一声だった。

 電話越しからも深刻な表情を浮かべているであろうことが、容易に想像が付くほど元気のない声だ。


「バラバラ死体ですか。ボスの特殊個体に続き、また珍しいことに遭遇しましたね。正人さんは、特別な運命を持っているんですかね?」


「なにを言ってるんですか。私はいたって普通ですよ、普通」


 嫌みにもとれる言葉を受け流す正人。

 正人は隼人のようにカリスマ性があり、他人を惹きつけるような魅力を持っている人物のことを特別だと思っている。自分はそういったカテゴリから外れていると認識してるため、反発心を覚えることなく、すんなりと答えられたのだ。


「なるほど、普通、ですか」


 含みのある言い方だったが、谷口はそれ以上のことは言わなかった。


「それで、報告書について気になることでもありましたか?」


「あぁ、そうでした。アレですが、私の手元で止めています。少しだけ内容を変えさせてもらいますね」


 正人が受付に提出した報告書は、担当の谷口が内容を確認してから、探索協会全体に報告されるのだが、たまに担当が手元で止めるケースもある。多くは二パターンに分けられる。内容に不足があるか……もしくは報告したらマズイもののどちらかだ。


「どのように変えるんですか?」


 六階層の拠点で三人の死体を発見した。覚えている範囲で現場や傷の状態も報告済みだ。さらには現場を見た人としての意見も記載しているので、正人の目から見れば内容に不足はなかった。


 受付でも問題ないと確認が取れているので、なぜ変更が必要なのか分からない。ふつふつと不信感が湧き上がってくることを自覚しながらも、次の言葉を待つ。


「他の探索者によって殺された可能が高い。その一文を消して、モンスターに殺されたことにします」


「なぜですかッ!」


 普段は大人しい正人だが、今回は我慢できなかった。


 新人も増えた状況で、ダンジョン内に殺人鬼がいるのだ。少なくとも関係者には注意するように伝えるべきだと考え、最も重要な情報として記載していただけに、その想いを踏みにじられたと感じた。


「落ち着てください。もし本当に他殺だとしたら、探索者が増えている今の状況に水を差す形になってしまいます」


 谷口が意図を説明するが、正人は納得できない。むしろ新人が増えているからこそ、伝える必要があるのだと。話を聞けば聞くほど、正人はそういった考えが強くなっていく。


「ですが、事実、危険なんですよ? 探索者の命より数を増やす方が大事と言いたいんですか?」


「…………」


 探索者協会の都合を押しつけているだけに、谷口はすぐに答えることが出来なかった。


 悲しいことに彼はただの平職員であり、組織の意向に反するような言動は許されない。この場で何とか説得しようと覚悟を決めると、重い口を開く。


「道明寺隼人、宮沢愛といったスターが活躍したおかげで探索者は増えましたが、今回の事件が明るみに出てしまうと、その勢いが止まるどころか間違いなく減ってしまいます。ですので、本部内に報告書が広まれば、報告書をもみ消そうといった動きは必ず出ます」


 探索協会が利益と権威を維持するためには、探索者の数と質。その両方が重要だ。

 では、どちらが先かと言われれば、現在は数だと考えている。


 優秀な探索者は凡庸な探索者の中からしか生まれない。探索者協会という組織は、そういった考えのもと数を増やす方針に舵を切った。


 探索者の増加数は、最重要項目だ。

 その数字を妨害するような行為は認められない。

 もしそういった動きがあれば、探索者協会が阻止するために動く。


「そうなってしまうと手遅れです。もしかしたら……正人さん、アナタは探索協会から排除される可能性もあるんです。慎重に行動しましょう」


「――ッ!」


 正人は絶句した。

 まさか谷口の提案を拒否したら、探索協会に狙われるとは想像すらしなかった。


 だがこれは、冗談でも考えすぎでもない。

 ほぼ間違いなく訪れる未来だ。


 守ってもらっている組織が牙をむく。その可能性を指摘されてまで抵抗を続けるには、正人は背負う者が多すぎた。


「何の後ろ盾もなく、実績もない探索者一人を消すのはたやすい……協会のトップは、反抗的な探索者を受け入れるほど優しい組織ではないんですよ」


「…………」


 探索者がダンジョン内で死亡することは珍しくない。特殊な環境下にあるため、科学的な調査は難しく、ほとんどの場合は「モンスターとの戦闘によって死亡」と、処理されるれ、ニュースになることすらない。


 そういった背景もあり、探索協会が邪魔だと目をつけられた探索者の行き着く先は……モンスターと戦って死ぬ探索者が一人増えるという結果になる。


 いきなり、そういった強硬手段をとることはあまりないが、今回はタイミングが悪かった。


 ボスの特殊個体という特大の問題が発覚したなかで、さらにダンジョン内で殺人が起きたとなれば、その影響ははかりしれない。


 秘密裏に行動を起こすには十分な理由となり、慎重に行動する必要がある。


「いいですか、ダンジョン内ではモンスターに襲われることはあるが、人に襲われることはない。襲われることはないんですよ」


 子供に言い聞かせるように、ゆっくりと繰り返して忠告をする。

 これは、将来ある若者を守るための優しさでもあった。


「…………」


 それに対して、正人は何も対抗できない自分の無力さを恨んでいた。

 家族や里香のことを考えれば反対することは出来ない。


「分かりました。谷口さんの提案を受け入れます」


「ありがとうございます。では、そのように進めますね」


 その言葉を最後に、通話が切れた。ツーツーと、終了音だけが鳴り続ける。


 正人は殺人事件の犯人を捕まえたいといった正義感に駆られているわけではないが、探索協会の思惑に振り回されるのは、単純に面白くない。


 今回は「面白くない」で済むが、希少なスキルカードを手に入れたら場合によっては、権力によって奪い取られてしまう可能性まで見えてきた。


 誰にも邪魔されずに活動を続けるためには、確固たる実績と知名度。それが必要だと理解するとともに、正人はようやく前に進むことを決めた。


「守るために、もっと力をつけよう」


 手に持っていた携帯電話をベッドに投げ捨てる。


 正人は想像する。

 里香が殺人鬼に殺されたのに、探索協会の指示によって事件自体がなかったことにされたことを。


 今回は見知らぬ他人だったから良いが、先ほどの想像が実現する可能性はゼロではない。むしろ六階層をメインに探索する二人なら、他の探索者より殺人鬼に出会う可能性は高かった。


「もっと先に進もう」


 生活するために生きるのではない。


 自分が自分らしく生きるために、探索者としての上を目指していこうと、正人は決意したのだった。

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