第43話あなたは誰なんですか?

 探索協会に邪魔されないほどの実力と知名度を高める方法は簡単だ。ダンジョンの奥に行けばよい。前人未踏場所に到達できれば、最も良い結果を得られるだろう。


 具体的には現在の東京ダンジョンの十七階層。その先にたどり着けば、いっきに両方が手に入る。


 だが、そのためには乗り越えるべきことは多い。


 正人はスキル、装備、戦闘技術……そのどれも足りていないが、中でも重要なのが信頼できるパーティーメンバーだ。その数と質の両方が求められる。


 先に進むのであればダンジョン内で一週間過ごすことも珍しくない。大遠征であれば半月近く戻らないこともある。さらにモンスターの出現する量も急増するのだ。正人と里香の二人では、手数が足りない。せめて倍の人数は必要だろう。


 先を目指すためにパーティーメンバーを増やす必要があるのだが、ただ待っているだけでは人は集まらない。情報を集め、人脈を作り、業界内で信頼できる人物を探し出さなければならないのだ。


 正人はどうすれば早く人脈を築くことが出来るか悩んでいたが、転機は意外とすぐに訪れた。


「なぁ、俺らと仲良くならないか?」


 ダンジョン探索から戻り、魔石を換金したところで、里香は声をかけられた。


 見覚えはある。金髪に二重まぶたの、やさしそうな男性――ダンジョンの四階層で里香に声をかけた男だ。正人らと同じようにダンジョンから戻ってきたようで、短槍やダンジョン鉄の鎧は身につけたままった。


 警戒心をあらわにした里香は一歩後ずさる。


「ボス、ナンパじゃないんだから、そのセリフはマズいっすよ」


 金髪男の後ろにいる仲間の一人が、あきれた口調で言った。


「お、おう。そうか。そんなつもりはないんだが……」


 気まずそうに金髪の頭をかきながら言い訳をしている。

 その隙をつくようにして正人が二人の間に割り込み、会話を受け持つことにした。


「名前も知らない人とは仲良くなれませんよ」


「ん? だれ……」


 正人を見たことがない金髪の男は眉をひそめるが、すぐににこやかな表情に戻る。


「って、噂のお仲間か。そういえば名前を言ってなかったな。悪かった」


 ダンジョンで出会ったときに里香が言っていた「仲間」だと気づいたのだ。


 軽く頭を下げてから、ユーリは探索者免許を取り出す。カードには顔写真と氏名、住所などが記載されていた。


「俺は武田ユーリ。ロシアとのダブルらしい。捨て子だったから、よく分からないけどな」


 重いことをさらっと言ってから、ユーリは後ろを見る。

 意図を汲み取った二人は同じように探索者免許を取り出した。


「こいつらは、宮内仁と古井和則。一応、俺の部下ってことになっているが、立場に大きな差はない」


 宮内仁はハンマーを持っていた。筋肉だるまと呼んでも問題がないほど、鍛えられた体をしている。古井和則も同様だ。二人とも探索者だと、わかりやすい見た目をしていた。


「で、お二人は里香ちゃんと……神宮正人さん、だっけな?」


「よく、ご存じで」


「特殊個体のニュースで見たからな。二人で活動しているということまでは知らなかったがな。まぁ、見れば納得だ」


 発表では二つのパーティーが同時に遭遇したことまでしか情報が公開されていなかった。里香が所属していたパーティーは、目立っていた誠二と二人。もしくは女性同士でパーティーを組んでいたと勘違いしていたのだ。


 そういった経緯もあり、周囲に埋没していた正人のことを思い出すのに時間がかかっていた。


「で、お互いの名前もわかって、知らない人同士ではなくなった。どうだい、仲良くならないか?」


「ユーリさんがどういった探索者なのか分からないので、すぐには答えられません」


「まぁ、そうなるよな。俺も同じことを言うよ」


 強引に話を進めようとしていることを自覚しているユーリ。正人の突っ込みを聞いてカラカラと笑った。


 こういったやりとりを楽しんでるようで、にらまれても怯むことはない。


「一応、言っておくと。俺たちは全員レベル二だ。探索者になってから八年目で、九階層までは到達した経験がある。仲良くなれば先輩として色々とアドバイスするぞ?」


 先輩からの話は貴重だ。地図を見ただけでは分からない効率の良い狩り場や表には出てこない事情など、本来であれば時間をかけて学ぶことを一気に手に入れられる。


 ベテランのノウハウは正人にとって今最も欲しいものだ。仲良くなるメリットは大きい。だが、すぐに飛びつくわけにはいかない。立場を逆転して考えると違和感がある。ユーリ側にメリットがないのだ。


「それは確かに魅力的ですが……ユーリさんに何のメリットが?」


 長年、探索者を続けている人間が、一方的な施しをして満足できる聖人であるはずがない。


 話を聞けば聞くほど、正人は裏があるのではないかと気になっていた。


「五階層のオーガは比較的倒しやすいボスとはいえ、特殊個体だ。そうとう厳しい戦いを切り抜けてきたんだろ? そんな将来有望な若者に恩を売っておこうと考えても不思議じゃないと思うんだが……違うか? 俺たちは助け合わないと生きていけないんだからさ」


 将来有望といった言葉にはピクリとも反応しなかったが、助け合わないと生きていけない。その発言に、正人は谷口との通話を思い出して強く惹かれる。


 その言葉の裏には探索者の現状が込められていた。


 探索協会は組織の利益を最優先するあまり、少数であれば探索者の犠牲など気にしない。だからこそ、専業の探索者は横のつながりをつくって、自衛するしかないのだ。


 数は多ければ多いほどよい。さらに有望であれば文句はないので、正人や里香は、ベテランからすると狙い目だったというわけだ。ユーリが声をかけなければ、別の探索者が話しかけてきただろう。


「そうですね……私たち一人の力は弱い」


「お、それが分かるってことは、あのジジィどもと何かあったな?」


 ユーリは口の端を上げて笑みを深める。


 探索協会に振り回されているのは、何も正人だけではない。五年も探索者をしていれば、そういった事件の一つや二つ遭遇するのも珍しくはないのだ。


「そういった話はよくあるんですか?」


「まーな。だが、そこそこ有望なヤツじゃないと、ないと思うぞ。少なくとも一階層や二階層で遊んでいる探索者には関係ない」


 正人はユーリの話にどんどん引き込まれていく。

 最初に感じたような不信感は薄れていた。


「俺らは協会から無茶な仕事を振られて、すげぇ苦労したこともあるなぁ……そんな話、興味ないか?」


 ない。とは、答えられなかった。提案の魅力が増していく。


 人なつっこい優しそうな顔と余裕のある雰囲気。正人は、その全てがベテランとしての頼もしさに繋がっているように思えた。


 答えを出せずに悩んでいると、ユーリが言葉を重ねる。


「この場で即答しろとは言わないよ。充分調べてからでいい。むろん、聞かれたことは正直に答える」


 懐から名刺を取り出すと正人に渡す。


「じゃ、連絡待ってるぜ!」


 声をかけるときが唐突なら、引くときもあっさりしていた。

 部下の二人を引き連れて去って行ったのだ。


「どうします?」


 数分後、正人の背に隠れていた里香がようやく声をかけた。

 答えは出ていないがやることは決まっている。


「ユーリさんが言っていたとおり、彼らのことを調べようかな。とりあえず、谷口さんにでも聞いてみる。問題なさそうなら、仲良くなるのも悪くはないと思っているんだけど、どう?」


「大丈夫です。ワタシはネットで調べてみますね」


 正人が前向きに考えているのであれば、里香に不満はなかった。自分で出来ることを率先して提案する。


「この前みたいに合同パーティーを結成するわけじゃないし、違うなと思ったら疎遠になればいい。気楽にね」


「はーい!」


 元気よく返事をした里香と共に魔石の買取所から出ると、ミニバンに乗って帰宅するのだった。

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