第24話うぁー! いっぱいいる!

「指導してくれた先輩もレベル二でしたが、ここまで強くはありません。本当にレベル二ですか? そんな、くだらないことを考えてしまうほど、見事な戦いでした」


 心底感心している誠二が、思わず感想をそのまま口にだした。


 事実、正人の能力は一般的なレベル二を大きく上回る。肉体能力の強化と投擲のスキルを使った正人の戦い方は、一つ上のレベル三とも対等に戦えるだろう。


 初めて本気を出した正人を見た誠二は、頭ではなく本能が、探索者として「格上」だと理解してしまったのだ。あまりにも実力が離れているため、対抗しようと思えない。ファミリーレストランで見られた嘲笑うような目はなくなり、逆に尊敬するような視線を向けている。


 もう、むやみに「どちらが上か?」といった争いはしない。また当初の予定を変更して、正人から学ぼう。もっと上を目指したい。そういった向上心から誠二は正人との関わり方を変えることにしたのだ。


 彼は色々と未熟ではあるが、一戦見ただけで、そのことを感じ取れた観察力は褒めても良い。


「褒めても何も出ませんよ?」


「思ったことを言っているだけなので、気にしないでください。それより……」


 誠二の視線は、オークが出てきた階段の方を向く。


「地下を調べますか?」


 四層は廃墟都市ということもあり、地下室に続く道や隠された部屋などが多数ある。ダンジョントラップも出てくるが、そういった場所には特殊なアイテムが落ちていることもあるので、ほとんどは探索され尽くしている。


 だが、何事にも例外はあり、時折、消えたり新しく出現することもあるのだ。


 今回は公式に販売された地図に記載されていない地下への入り口。何年もかけて作られた地図の記載ミスという可能性は低く、新しく出現した確率の方が高い。


 リスクはあるが、それなりのリターンも見込める。


「三人が戻ってきたら、行ってみましょう」


「俺も同じ意見です。そうしましょう」


 正人がオークの魔石を回収している間に、里香らが戻り、誠二が地下室探索の話をする。全員の合意が得られると、ついに地下室へと向かうことになった。


 成人男性がギリギリ通れるほどの幅で、正人が先頭を歩き、真ん中に冷夏、ヒナタ、誠二の順で並び、最後尾を里香が守る隊列で進む。レンガを積み上げて作られた階段は崩れかけていて、今にも崩壊してしまいそうに見える。だが、そこはダンジョン。そう見えるだけで、実際は頑丈につくられているのだ。


 辺りは暗く、腰につけた電気ランタンの明かりだけが頼り。淀んだ空気の中を、コツコツと、音を立てながら階段を下っていく。見かけより長く、歩いてから既に三分以上は経過していた。


「このまま五層に繋がっているってことは、ありえるのかな?」


 ヒナタが心配そうな声を上げるが、それは杞憂だ。


 各フロアをつなぐ階段は一つしかなく、長くはない。二分以内で次の階層に着く。さらに螺旋階段になっているので、明らかに違うのは間違いない。だが、長く歩いていれば「もしかして」既に五層についてしまったのではないかと、不安になってしまうのも理解できる。


「次の階層に繋がる階段は一つしかないから、さすがにそんなことにはならないと思うよ……」


 妹の不安を和らげようと冷夏の手が、そっと重なった。


 正人の索敵スキルに赤いマーカーは浮かばない。左右の壁を叩いてみるが、崩れて新しい道が出来ると行ったこともない。魔力視を使って下を見ても、トラップがあるようには感じられなかった。


 不安な気持ちが膨れ上がるなか、薄暗い階段を足を止めずに進み、さらに一分かけて、ようやく一番下までおりた。


 小部屋になっているが、物は一切ない。奥には木製のドアがあった。色落ちして劣化しているが、頑丈そうな見た目だ。数センチほどの隙間が空いており、中の様子がうかがえるようになっている。


「……逃げよう」


 だが中を確認するまでもない。

 正人の脳内には真っ赤なマーカーが無数に浮かび上がっている。

 逃走を即決するほどだ。


「中を覗いてかららでも遅くないと思いますが?」


 リアルタイムで状況を把握している正人とは違い、他は気づいていない。のんきな発言をしていた。


 前に出ようとする誠二を手で制す。


「気づかれる可能性があるのでダメです。戻りましょう」


「オーク程度ならバレても対処は可能ではないですか? さっきの戦闘みたいに」


 言い合いしている間にも赤いマーカーは絶え間なく動いている。

 そのうちの一つがドアに向かって移動していた。


「ここで話している時間はない。戻ろう!」


 探索スキルの存在を知っている里香に目配せをする。彼女が意図をくみ取り、階段を上がっていった。状況を飲み込めない冷夏とヒナタだったが、ただならぬ雰囲気を感じ取り、文句一つ言うことなく後をついていく。


 誠二も仕方なくといった様子で階段に足をかける。と、その瞬間に、金属音がなった。


「上から、ゴブリンです! 数は二!」


 下から上がることもあれば、逆もありえるのだ。偶然にもモンスターのたまり場となった部屋に戻ろうとした、ゴブリンと鉢合わせをしてしまった。


 その声を最後に戦闘が始まる。通路は細く、里香が一人で戦うしかない。誠二の弓も誤射する可能性が高く、放つことは出来ない。


「くる!!」


 今度は小部屋の奥にあった木製のドアが勢いよく放たれ、オークが入ってきた。

 階段を上っていた里香が立ち止まり、戦っているので、逃げ場はない。


 ――肉体強化。

 ――短剣術。


 先頭を歩いていたオークの喉元にナイフを刺し、全力で後方へ蹴り飛ばす。

 後ろをついて歩いていたゴブリンを巻き添えにしながら、巨体が吹き飛んでいった。


 ドアが開かれ、中の様子が明らかになる。


 100m四方の部屋に、ゴブリン、オーク、グリーンウルフといった四層までに出現するモンスターがひしめいている。正人らの存在には気づいており、殺気立っていた。


「……ッ!」


 誰かの息をのむ気配がした。

 モンスターハウス。一般的に使われていない言葉だが、そう称するのがふさわしい状況ではあった。


「私が中に入って戦います! その間に逃げてください!」


 正人の判断は間違ってはいなかった。

 だがそれは、先ほどまでだったらだ。


「お、抑えきれません! 後退します!」


 里香の悲鳴に似た声が聞こえた。

 最初は二匹のゴブリンだけだったが、倒した後にすぐ、オークが殺到してきたのだ。探索者を始めて間もない彼女一人で対処できるものではない。階段下の小部屋まで戻ってしまったのだ。


 小部屋になだれ込んでこないようにと、薙刀を使う冷夏が足止めをし、誠二の弓によってトドメを刺す。息のあった連携で、次々とオークを倒していく。だがこの場にいる全員の顔色は優れなかった。


 地下室に向かうオークやゴブリンが途絶えず、部屋でモンスターに囲まれながら戦っている正人の状況も良くない。数に押しつぶされそうになっているのだ。


 動き回りながらモンスターを倒してはいるが、数が多すぎて避けられる場所が限られているのだ。


 冷夏と誠二が挟み撃ちにならないようにと、部屋の入り口を守ることにしたヒナタ、里香も押し寄せるゴブリンと戦うので手一杯だった。


 ちょっとした好奇心によって危機に陥ってしまい、正人に後悔が押し寄せてくるが、今はその時ではないと気持ちを切り替える。


 バターのようにオークやゴブリンを切り裂くと、隙間を縫うようにして走り、里香とヒナタが戦う入り口まで戻った。


「少しの間、時間を稼いでもらえますか?」


「任せてください!」


「はーい!」


 押し寄せてくるモンスターを二人に任せると、正人は目をつぶって魔力を扱うことに集中した。

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