第212話 お目通りをお願いしたくっ!

「では続いて正人さんが倒した八咫烏やたがらすです。倒した後どうなりましたか?」

「魔石を残して消えました」


 ビデオカメラには正人の持っている魔石が映っている。


「魔石のサイズは普通ですね。強さはどうしたか?」

「先ほどのゴブリンのような特殊性はありませんが……八咫烏は主に東京や千葉のダンジョンで出現するモンスターです。群馬にいるのは少し気になりますね」

「偶然この場にいたのか、それとも何か理由があって人食い山にいたのか、判断がつかないと?」


 首を縦に振って影倉の言葉を肯定した。


「ここには、札幌ダンジョンにしか出現しないトロールもいます。探索者として違和感を覚えることが多いので、占拠された村の解放と同時に、何が起こっているのかも調べたいと思います」


 必要な情報はすべて記録した。

 ビデオカメラを止めると、メモリーを取り出すと影倉は正人へ渡す。


「預かっていて下さい」


 貴重な情報を記録したデータは、三人の中で生存する可能性が最も高く、すぐに逃げられる手段を持っている人に任せるのが良い。


 死ぬつもりはないが、それとは別に死んだときの可能性も考えて行動する。仕事人として覚悟を決めた影倉は冷静に判断していた。


「わかりました。でも、みんな生きて帰りますからね」

「もちろんです。無事に帰ったら、浴びるように酒を飲んで打ち上げしましょう」

「その案は採用です。楽しそうだ」


 楽しい未来の約束をした二人は里香を見る。


「未成年はジュースですから」

「わかってます」


 早く大人になって同じ立場になりたいが、時間の流れは変えられない。酒を飲める年齢になるまで数年は待たなければいけないため、不満そうに返事をしていた。



 三人はモンスターとの戦闘現場から離れることにする。正人を先頭にして雑木林を歩いて行き、当初の目的地であった場所に着く。


 村が一望できる高台だ。


 ドローンを飛ばさなくてもレベルアップによって強化された視力が、トロールやゴブリン、グリーンウルフなどの姿を捉えた。さらに黒いフード付きマントを着けた人もいる。人数は一人。走っている。向かっている場所は村で一番大きい建物だ。


「あれは人間? それとも人型のモンスター?」

「人間だと思います。少しだけ顔が見えましたから」


 フードの隙間からチラリと顔は見えたのだが、離れていても美人だと分かる女性だった。


 普通ならモンスターに捕まってなぶり殺されるはずなのだが、誰も邪魔しない。体の大きいトロールなんかは、むしろ道を譲っているように動いている。異様な光景だ。


「モンスターが目の前の人間を襲わない? 何かがおかしいですね」


 影倉の疑問はもっともだが、遠くから観察するだけでは限界がある。答えを得るためには詳しい調査が必要だ。


「私が侵入して調べるよ」

「危ないです! せめて連れて行ってください!」


 敵地のど真ん中を一人で潜入させられない。強いのは分かっているが、里香はどうしても心配してしまう。大切な人だからこそ万が一すら起こって欲しくないのだ。


「ダメだよ。里香さんは影倉さんを守って」


 有無を言わせない声だった。反論できずに黙ってしまう。


 正人は理解してくれたと判断すると、持っている荷物を置いて防具を外す。迷彩服にナイフが二本だけのスタイルなった。移動しても音が出にくいので潜入し易い。


「……気をつけて下さい」


 絞り出すように言った里香の言葉に、正人は親指を立てて返事すると、スキルを発動させる。


 ――隠密。


 存在感が一気に薄れる。目の前に立っていても姿を見失いそうなほどだ。


 さらに続けてスキルを発動させる。


 ――転移。


 その場から正人の姿が完全に消えた。


 移動先は、フードをかぶった女性が向かっている建物の中庭だ。大きな柿の木が立っているので、正人は地面に伏せながら『索敵』『地図』のスキルも発動させる。


 脳内に周辺の地図とマーカーが浮かぶ。赤いマーカーは合計で四十近くあるが、重なっていて正確には数えられない。黄色いマーカーはないので罠はなさそうだ。


 問題なのは人を現す青いマーカーである。事前情報では住民と調査に派遣した探索者は全滅しているはずなのだが、建物に二つ、移動中が一つあった。


 明らかにおかしい状況だ。正人の緊張感は高まり、村の解放よりも情報収集の優先度が上がる。


 移動中のマーカー――走っていた女性が敷地内に入ってきた。フードをかぶっているので年齢などは分からない。マントの下には真っ白いズボンとシャツがあり、生地は非常に薄い。下着を着ていないようで素肌が透けて見えていた。


 急いでいる用に見えるが家の中に入ることはせず、中庭で膝を突いて頭を下げる。土下座だ。


「教祖様! 緊急事態でございます! お目通りをお願いしたくっ!」


 声を出した後はピクリとも動かない。黙ったままだ。


 室内には青いマーカが二つあるが、そのうちの一つがゆっくりと移動して中庭に向かっている。


 しばらく待っていると、縁側の窓が開く。


「何事だ?」


 出てきたのは初老の男性だ。髪はなくスキンヘッドである。顔には入れ墨が彫られていて堅気ではない雰囲気を発している。


 白い服を着ているのは同じだが、生地は厚いようで肌は透けていない。


 この男、正人は見覚えがあった。駐車場で里香たちを襲い、殺された男だ。何故生きているのか、混乱しながらも様子を見守ることにした。

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