第125話隼人以来の快挙になるか?

 洞窟で一晩を明かした正人たちは朝早くに出発すると、モンスターとの戦闘を数回繰り返しながら下の階層に進む。


 今回はアイアンアントクイーンと戦うために、正人は短剣ではなく短槍を使っている。道中で遭遇したリザードマンと戦闘したが、短槍を巧みに扱って危なげなく倒す。武器を変えても戦闘能力は落ちていない。


 新しい武器にも慣れて九階層にまで降りると時刻は夕方を過ぎ。普通ならここで一泊するのだが、正人たちは休憩も取らずに先に進むことで、夜になると補給所にまで着くことができた。


 入り口を通り抜けて宿を目指していると、補給所の管理人である草薙が偶然道を歩いており、正人に気づく。草薙の近くには里香たちをナンパしていた四人組の探索者パーティーがいたが、話しかけてくることはない。


「よう。大荷物だな。長期探索でもするのか?」


 アイアンアントクイーンと戦う為に準備をしてきた正人たちは、普段より荷物が多い。それこそ一週間近くは探索できるほどの食べ物や着替え、小さな組み立て椅子、ロープ、電気ランタン、臭いを遮断する布など、今回の探索に必要な道具を大型のリュックに詰め込んでいた。


「アイアンアントクイーンを倒しに行きます」

「……ほう。もう行くのか。何度目で倒すつもりだ?」


 生き急いでいると感じた草薙だったが、止めることはしなかった。九階層に出現するモンスターとの戦いは安定していて、大きなケガをしたことはないと報告を受けており、十分に戦える力がある。仮に倒す実力がなくとも、逃げ出すぐらいは出来るだろうと判断していたからだ。


 これは、探索者になって一年もたっていない探索者が出せるような結果ではない。


 特殊なスキルもしくは装備を隠し持っているだろう事は、草薙を始め探索者協会も感づいているが、従順な性格をしていることもあって今は緩く監視されているだけで済んでいる。もし正人が反抗的な性格をしてたら、監視の目はもっと厳しくなってスキル昇華の存在は、他人に漏れていたかもしれない。


「アイアンアントクイーンの実力を確認して、いけそうなら一回目で倒すつもりです」

「ほう、強く出たな」

「資料通りであれば倒せると判断しましたから」


 探索者協会に保管されているアイアンアントクイーンの資料を熟読した正人は、四人であれば倒せると確信を持っていた。さらに九階層に出現する弱体化したアイアンアントクイーンを倒したことも、自信の裏付けになっている。


 武器をナイフから短槍に変えたことや戦い方を話し合ったこともあって準備は万全だ。覚えたスキルも多く、負ける未来など考えにくい状況だと、正人は判断している。


「ふむ。まぁ、お前たちなら何とかなるか」


 その言葉に反応したのは後ろにいた探索者たちだ。誰も気づけないほど小さな動きではあったが、草薙に認められているのが気に入らない。そういった感情がにじみ出ていた。


「アイアンアントクイーンを倒したら隼人以来の快挙になるか? 期待してるぞ」


 十階層を最初に突破したのは道明寺隼人だ。その後は、何組ものパーティーが突破しているが、全員が探索者歴十年近いベテランである。新人が突破できた記録はないので、正人がアイアンアントクイーンを倒せれば探索者協会としてもよい宣伝になると、草薙は考えていた。


 新人でも十階層を突破できる。そんな誘惑に誘われて探索者人口が増えて売上が増加する。何事もなければ、そんな未来は確実に訪れるので期待は大きい。正人を邪魔するような存在があれば、探索協会は許さないだろう。少なくとも探索者人生は終わることとなる。


「任せて下さい」


 自信ありげに正人は返事をした。気負っている様子はなくモチベーションは高い。双子のためだと思えば、どんな困難にも立ち向かえると思っていた。


 草薙は正人を満足げに見てから「お前たち行くぞ」と、四人組の探索者に声をかけると去って行く。正人は後ろ姿を見送ってから、宿に向かって歩いて行った。


◇ ◇ ◇


 補給所にある草薙の自宅兼執務には、家の主人と里香たちをナンパした四人の探索者がいた。


 魔石で稼働する照明が辺りを照らし、ベッドとテーブル、あとは椅子が一脚しかない非常に簡素な部屋で、四人組の探索者は壁際に立たされている。


「お前たち、先ほどの話は聞いてたな?」


 静かで重い。人を強引にでも従わせてしまいそうな声だ。

 四人は無駄口を叩く余裕はなく、小さくうなずくしか出来ない。


 彼らは九階層で何年も活動を続けている探索者で、一時はアイアンアントクイーンに挑戦したこともある。だが最近は落ち目と言われていて、何度も死にかけてその度に草薙に助けられており、高圧的な態度を取られても頭が上がらない存在になっているのだ。


「なら、俺の言いたいことは分かるよな? 裏方として手伝え」


 明日、正人がアイアンアントクイーンに挑戦すると聞いて、草薙は即座に四人を使ってサポートさせる計画を立てていた。


「どうやって……」

「自分の頭で考えろと言いたいが、下手に動かれて正人に気づかれても困る。具体的に指示をだしてやるから、言われた通りに動けよ」


 小さくため息を吐いてから、草薙は話を続ける。


「準備を整えたら今日中に補給所から出発し、アイアンアントクイーンのボス部屋までに通る道の掃除をしろ」


 掃除とはモンスターの討伐だ。アイアンアントクイーンと接触するまで、無駄な体力を消費させないように、つゆ払いを命じたのだ。


「それと、正人たちがアイアンアントクイーンと戦い始めたら、ドアを開いて中の様子を確認しろ。逃走するのであればそのままでいいが、死にそうになったら助けに入れ。わかったな?」


 都合の良い道具として使われているとは分かってはいるが、補給所の支配者である草薙に意義を唱えられるほど、根性ある男は四人の中にはいなかった。


 声を出すことも出来ず、再び小さくうなずいて答える。


「ならいい。さっさと準備して出て行け」

「は、はい!」


 四人のリーダー役である金髪の男が返事をすると、慌てて部屋から出て行く。

 情けない後ろ姿を見て草薙は一抹の不安を抱える。


「ちゃんと期待したとおりに働けよ……」


 そう呟かずにはいられなかった。

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