第124話借入先を変えよう

「借入先を変えよう」


 他からお金を借りて、叔母からの借金を一気に返済する方法がある。新しい借入先が良心的な利率であればトータルの返済金額は大きく減るので、双子の場合であれば高い効果が見込める。


 それに借金とともに今まで育ててもらった恩を返したと思えば、気持ち的に叔母との縁も切りやすくなるだろう。


「でも、貸してくれるところはあるんですか?」


 冷夏の疑問は正しい。未成年で、いつ死ぬか分からない仕事をしている人に喜んで金を貸す会社はない。お金を貸してくれる可能性は低く、もし許可が下りたとしても好条件など望めず、叔母と同じように高い金利を求められるだろう。


 企業判断としてみれば正しく、誰も文句は言えない。だからといって闇金に手を出してしまえば状況はより悪化してしまう。そんなこと、正人も理解している。だから――。


「私が貸すよ」


 と、自ら名乗り上げたのだった。


 健康状態を偽って契約していたため保険金が下りず、正人の両親が残したローン等の借金は五千万円以上ある。


 正人はダンジョン探索で得たお金の一部を返済に使いつつ、無駄な浪費を抑えて一括返済をするために貯蓄していた。その金額はおよそ八百万円ほど。活動を始めて半年近くで稼いだ額と考えれば、相当な努力をして蓄財した結果と言える。


 一階層や二階層にいるような探索者では達成できなかっただろうが、九階層にまで到達している正人であれば不可能ではない。


 九階層にまで到達できる探索者は少ないため、ドロップ品については需要に対して供給が少なく、一日で得られる金額は急激に増えるのだ。無理せずに短期間で数百万円は稼げてしまう。その分、負傷・死亡のリスクも高まるが、魅力的な仕事ではある。


「とはいえ、すぐに出せるのは八百万まで。足りない分は今回の探索――ボス討伐で手に入れよう」

「でも分配したら、足りない可能性もありますよ」

「二百万分を引いてから分配すれば問題ない。里香さんの許可も取れているから、気にしないでいいよ」


 十階層を守るアイアンアントクイーンの魔石一つで数百万円は見込める。さらにドロップ品が加われば、間違いなく双子の借金は一括で返済できる。


 また時間さえ間に合い英子に気づかれなければ、ユーリから振り込まれる予定のお金も使える。そうすれば余裕で返済できるだろう。


「正人さん、里香ちゃん……」


 自分のために色々と考えてくれた。冷夏はそれだけで嬉しいのに、さらに助けてくれることに感動し、言葉に詰まる。ヒナタがそっと優しく手を握った。


「お姉ちゃん……」


 目に浮かんだ涙を手で拭うと、冷夏はヒナタを見る。


 言葉にしなくても何が言いたいのか、冷夏にはハッキリと伝わっていた。


「分かってる」


 人に迷惑をかけるのを嫌う冷夏は、正人が何も知らなければ絶対に頼ることはない。ダムのように感情をせき止めていただろう。だが、叔母の存在をしられてしまった。我慢を続けていた分だけ、そんな些細なきっかけで一気に崩壊してしまい、溢れれ出す想いは止められない。


 ヒナタに忠告されるまでもなく、冷夏の心は決まっていた。


「私たちを助けてください」


 目に涙を浮かべ、震える声で言った。


「誰かに縛られるのは、もう嫌です。私たちの自由を、人生を取り戻したいです」

「もちろんだよ。全て任せて欲しい」


 正人の返事を聞くと、我慢できずに溜まっていた冷夏の涙が地面に次々と落ちる。手で拭っても止まらない。同じ気持ちであるヒナタも泣き出すとお互いに抱きしめ合った。お互いに顔を埋めて声を押し殺すように泣き続ける。


 ずっと様子を見ていた里香までも泣いてしまい、双子を抱きしめる。


「知ってたのに何もしなくて、ごめんね、ごめんね」


 お泊まり会の時に事情を知っていた里香だったが、お金のことでは役に立てないと思い込み、何かしたいと思っていながらも動かないでいた。また、正人には言わないでくれと口止めされていたこともあり、罪悪感を覚えながらも見て見ぬ振りを続けていたのだ。


 そういった経緯もあり、すぐに動けなかった事への謝罪を何度も繰り返していた。


 一人取り残された正人は、泣いている姿を見ているのも悪いと思い、洞窟の外に出る。ダンジョン内に浮かぶ擬似的な太陽は沈んでいて周囲は暗い。索敵スキルを使っても赤いマーカーは浮かばないので、モンスターが近くに潜んでいることはなさそうだ。


 しばらく外を眺めていると、泣いて落ちついた三人が正人の近くに来る。


「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」


 最初に泣き出した冷夏が頭を下げると、ヒナタや里香もワンテンポ遅れて続く。


「きにしないで。それより、もう大丈夫?」

「はい。泣いたらスッキリしちゃいました」

「ヒナタもー!」


 薄く笑った冷夏と元気よく手を上げたヒナタが返事をした。もう大丈夫だろう。正人はそう判断した。


「私たちが動いていることを知られたくない」


 先ほどの話を英子に知られたら、正人のパーティーから双子を引き離そうとするのは容易に想像が付く。本人が嫌がっても未成年の場合は、保護者の同意がなければ探索者の活動を続けるのは難しいのだ。


 さらにネット上で正人の悪評を広げる可能性もあり、何をするか分からない怖さがあった。


「今回の探索でボスを倒して、必要なお金は手に入れよう」


 お金を手に入れ、不意打ちのようにして借りたお金を返す。それで英子との関係を断ち切って、四人で探索者としての活動を続けていく。


 明るい未来をつかみ取るために、四人は夜が深まるまでボスとの戦いについて話し合いをすることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る