第123話言いにくいならヒナタから伝えるよ
正人は数日かけて里香と話し合って方針を決めたが、すぐ行動に移すことはなかった。双子の様子を見ながら、話し出すきっかけを探っている。
英子と出会ってから何度か、パーティーで東京ダンジョンを探索した。
双子の態度は変わらずである。冷夏は一流の探索者になるべく積極的にモンスターと戦い、ヒナタは場を和ますような言動でパーティー内の雰囲気をよくしている。
今までなら真面目だな、人懐っこい性格だな、などと正人は思っていただろうが、その裏に英子がいると知ってしまった今、どうしても影を感じてしまう。
早く助けてあげたい。そんな気持ちにかられるが、正人は親切の押しつけはよくないと言い聞かせて我慢する。そんな日が続いていたのだが、十階層にいるボス――アイアンアントクイーンと戦うために、東京ダンジョンの七階層に降りたところで、正人の覚悟が決まった。
ボスとの戦いに集中するためにも、ようやく動き出したのだった。
◇ ◇ ◇
正人たちは、洞窟型の拠点にいる。今日はここで夜を明かす予定だ。女性が三人もいるパーティーなので、不便場所ではあるが人の訪れない場所を選んだことにより、独占できる状態であった。
携帯食料を食べて簡単な晩ご飯を済ませると、正人は冷夏とヒナタにに話しかける。
「今後について聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
探索に関わることであれば、そんな前置きはいらない。改めて面と向かって聞きたいことがあると言われ、英子に関連することだと直感した冷夏は、緊張した声で返事をした。
「二人は将来、探索者としてどうなりたいか考えたことある?」
予想とは違い英子ではなく、将来についての質問だ。
どう答えようと悩んだ冷夏はヒナタを見た。ニコニコと笑っているだけで何も言わないが、部屋で一緒に過ごしているとき何度も話し合ったことである。言葉として口に出さなくても気持ちは分かる。二人とも同じなのだ。
「私たちにはあります。四人で探索を続けながら、里香ちゃんやヒナタと一緒に生活したいですね」
探索者として、双子は現状に満足している。いや、恵まれすぎているとすら感じていた。同性である里香とは一緒に暮らしたいと思うほど相性もよく、正人は信頼できる。今のメンバーで活動を続ける以上の願いなど、持っていないのだ。
「それで、東京ダンジョンの最奥に皆で到達するんです」
信頼できる仲間と一緒に、誰も見たことがないダンジョンの最奥に向かう。そんな夢まで抱いていた。
現在のペースを考えれば、隼人に追いつくことも不可能ではない。この場にいる四人全員が、もしかしたら実現できるかも、そう思わせる話である。
「楽しそうー! 私もずっとお姉ちゃんや里香ちゃんと一緒にいられたらいいかな! あ、正人さんもねッ!」
話に乗ったヒナタが目を輝かせながら言った。好奇心旺盛な彼女は冒険に憧れている。今みたいに拠点で仲間と過ごすのもよいし、モンスターと一緒に戦い危険を乗り越えるのも好きだ。学校で勉強するようなつまらない日々より、刺激のある日々。それがヒナタにとって最も価値があり、充実した人生へとつながる。
そんな子供っぽいともいえる考えをしている妹に、優しい目を向けた冷夏は頭を撫でた。
「そうすると高校を卒業したら探索者に専念するのかな? それとも進学?」
「進学はあり得ません。探索者を選びます」
正人の質問に冷夏はハッキリと答えた。
大学受験に受かるほどの学力がヒナタにないという問題はあるが、進学を断念する一番の理由は英子の存在だ。お金を渡している関係上、学費の工面が難しい。英子に頼めば大学の費用は出してくれるだろうが、さらに借金を増やして不自由な生活が長引く結果となる。本当の自由を手に入れるためには、探索者に専念する道しかないのだ。
「探索者を選ぶか……すると、卒業後は二人暮らしを始めるのか」
あの英子と一緒に暮らすとは思えなかった正人は、高校を卒業したら当然のように二人は家を出て行くと思い込んでいた。その考えは冷夏やヒナタの考えと同じなのだが、思い通りにいかない理由がある。
「そうしたいのですが、英子さんが許さないと思います」
「でも、卒業するときは成人になっているよね。保護者の意思なんて関係ないんじゃないかな」
超超高齢化社会になり働き手が不足した日本は、成人の年齢が引き下がって十八歳になっている。お金さえあれば賃貸契約は可能なのだ。そして重要な金を稼ぐ手段を冷夏とヒナタは持っているので、正人はすべての問題はクリアしていると考えいた。
「そう、なんですが……」
「お姉ちゃん、ちゃんと言った方がいいよ。言いにくいならヒナタから伝えるよ」
「ありがとう。大丈夫。私からちゃんと言う」
ヒナタの後押しがあって、冷夏は自分たちが抱えている問題について、正人と静かに聞いている里香に話すことにした。
「実は英子さんには、冒険者になるために必要だった費用を全部借りているんです。習い事や武具の購入など。残額は一千万ほどです」
家電屋で英子から借金をしていることまでは察していたが、正人は総額は知らなかった。普通であれば一千万円の返済に数年~十年はかかるだろうが、今の冷夏たちであれば一年もあれば返済可能だ。
東京ダンジョンの九階層にたどり着いた探索者は、それほど稼げるのである。
正人は借金の総額を聞いても驚きはしたものの返せないといった不安はなかった。
「お金を返すまでは独立は許さないと言われていて」
「収入の全部を渡しているのなら、一年もあれば余裕で返せるんじゃない?」
「利子がものすごく高くて、元本の減りが遅いんです……。それに返済が順調だと分かると”余裕があるなら生活費も入れてもらう”と言われて、収入の半分が借金の返済、残りを生活費として入れることになったので、返済が遅れています」
英子の目的は単純で、双子が死ぬまでお金をむさぼり取ろうとしているのだ。そのためなら、常識的にはあり得ない行動も容易にしてしまう。借金の総額が減れば、さらに金を貸すために動くことは想像がつく。
また二人の口座情報は叔母である英子が管理しているため、こっそりお金を貯めるというのも難しい。多額の入金があればすぐに気づかれて、理由をつけて奪い取られてしまうだろう。その事実も正人たちに伝えた。
小さい頃から抑圧されていた双子は、逆らうことは出来ずにただ従うだけだ。また家族の醜聞を他人に知られたくないという気持ちもあわさり、搾取され続ける状況が今までずっと続いていて、抜け出せない。正人が踏み込まなければ、このままずっと維持されていただろう家庭環境だ。
「なるほど。だから返済は遅れるっていいたいんだね」
「はい……。英子さんがいる限りずっと続くと思います」
二人の事情が少しでも詳しく分かればと思って話した正人だったが、素直に話してくれたことで解決の糸口は見つかったのだ。
「それなら、一括で返済して解決しよう」
「え、そんなお金、私にはないですよ」
「大丈夫。考えがあるから」
双子を安心させるような笑みを浮かべた正人は、考えていた計画を二人に伝えることにした。
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