第126話くっさいねー!

 補給所の宿でゆっくりと休んだ正人たちは、朝になると十階層のボス部屋に向かって出発した。


 戦闘は各種感知系のスキルを使用している正人だ。その後ろを守るのは冷夏とヒナタ、最後尾は自己回復スキルをもつ里香である。四人は一時間ほど砂埃の舞う荒野の中を歩いているが、モンスターと遭遇していない。経験上、一~二回は戦闘があっても不思議ではないのだが、今回に限って妙にモンスターの出現数が少なかった。


 この状況をよくないことが起こる兆候だと捉えるか、それとも単純に幸運で終わらせてよいのか正人は脳内で検討していたが、未来を正確に知る術などない。


 経験則から導き出せるほど長く探索者として活動していたわけでもないので、仮に予想しても精度は低いだろう。双子の借金を早く返済したいという気持ちが強いため、単純に今日は運がよいとの結論を下す。


 探索スキルの効果が及ばない地下からの攻撃を警戒しながら慎重に進んでいくと、十階層に向かうための穴を見つけた。


 入り口は巨大な岩の裂け目で、中に入ると緩やかに下る坂がある。空気は湿っていてカビと何かが発酵したような臭いも薄らとあり、正人に不快感を与えて眉間にしわが寄ってしまう。


 腰にぶら下げていた魔石で動くランタンのスイッチを入れると、周囲が明るくなりボコボコとした岩肌が浮かび上がった。


「くっさいねー!」


 続く冷夏は鼻を押さえ、ヒナタは何故か楽しそうに叫んでいた。


「静かに。モンスターにバレちゃうよ」


 最後尾の里香が注意しながら縦穴に入った。


 モンスターは人間の発する声で集まることもある。特に狭い場所では音が反響するので、外にいるときより気をつけなければいけない。


 これは探索者としての常識であり、誰でも知っていることだ。

 指摘されたヒナタは頭をかきながら笑って、失敗を誤魔化そうとしていた。


「えへへ、そうだね」

「ヒ~ナ~タ~。これからボスと戦うんだから、絶対に油断をしたらダメだよ」


 普段の探索であれば小言などいわない冷夏だが、ボスとの初戦闘を控えていることもあって緊張しており、今回に限っては注意をした。正人や里香も似たような状況だ。


 ヒナタだけがいつもと変わらずノンビリとしているように見えるが、実はこの中の誰よりも今回のボス戦に一番気合いが入っていた。


「皆で戦って、勝って、それでお金と自由を手に入れるんだもん。絶対に油断はしないよ!」


 七階層目で全員が決めた目的だ。双子の自由のため、探索者としてさらに成長するために、今回の戦いは撤退や敗北は許されない。


 時間を味方につけるべく、初回でボスを倒す覚悟があった。


「そろそろ出発だ」


 三人がうなずくのを見てから、正人はスキルを使う。


 ――探索。

 ――地図。


 脳内に浮かぶレーダマップには赤マーカーと青いマーカーの二種類が浮かぶ。青いマーカーは積極的にモンスターと戦い、殲滅させていた。


 他の探索者がいて邪魔だなと感じていた正人だが、周囲のモンスターを減らしていることに気づき、利用できると判断。青いマーカーに近づきすぎないように注意しながらも、後をついて行くと決めた。


 周囲を警戒しながら歩く。地面はでこぼこで、さらに坂が多いため体力を削っていく。レベルアップした肉体でも少しずつ疲労は蓄積されてしまうだろう。


 左右と真ん中に道が分かれた場所にたどり着くと、青いマーカーのある右側を選ぶ。少し進むと行き止まりに着いた。


 壁の向こう側には青いマーカーがあるので、同業者は別の道を使って進んでいたと、正人は理解した。


「行き止まりですね。戻ります?」


 里香の疑問に正人は首を横に振る。


「丁度いいから休憩しよう。五分だけ休んだら分かれ道にまで戻って次は左を進むね」


 三人は小さく返事をすると、組み立て式の小さな椅子を取り出す。登山にも使うようなもので、軽量でリュックのスペースを取らないので使い勝手がよい。多くの探索者が愛用している逸品だ。


 地上から持ってきたビスケットを取り出した里香は、冷夏、ヒナタ、正人に一枚ずつ渡す。休憩のついでに少し腹を満たすことにした。


「今回のボスって、アイアンアントを召喚するんだよね?」


 事前の勉強が疎かになっていたヒナタは、ビスケットを口にくわえながら冷夏に疑問をぶつける。


「そうだよ。平均して三~四匹出るみたい」

「私だけでも倒せそうな数だね」

「でもね、召喚数はランダムらしくて最大で十匹出たこともあるらしいよ」


 双子の会話に里香が参加した。


「実は、侵入者の強さに合わせて召喚数を調整しているって噂もあるみたい。よくわからない能力だよね」


 里香が指摘した通り、アイアンアントクイーンが使う召喚については謎が多く残っている。


スキルではなくダンジョンの機能だと主張する人間もいるほどだ。そういった陰謀論が好きな彼らは、召喚数を調整する能力は「ダンジョンが意思をもって探索者を邪魔している」などとインターネット上で噂を流しており、一部で根強く支持されている。


「里香ちゃんは、その話を信じているの?」


 常識的に考えてあり得ないと、冷夏はダンジョンの機能説を与太話として判断していたため、里香の発言に驚いていた。


「ちょっとだけね。だって隼人さんが突破したときには召喚されたアイアンアントが二十以上だったらしいよ。他の探索者の平均で考えると、異常すぎると思わない?」

「え、そんなことがあったんだ……」


 始めて十階層を突破した道明寺隼人の戦闘記録は、探索協会に保管されている。そこには、一度の召喚で二十匹以上のアイアンアントが出現したことや、普段とは違う攻撃方法をとっていたことなどが書かれていて、里香がダンジョンの機能説を信じるようになったきっかけにもなっている。


「うん。だから召喚については十分に気をつけた方がいいと思う」

「でも、どうやって? だって、発動を防ぐのは無理でしょ!?」


 ヒナタの疑問も当然だ。召喚を防ぐ方法は発見されていない。気をつけるにしても限界はあるのだ。


「そうだね。だから、召喚が使われたら、アイアンアントクイーンは一人で抑えて、残りの三人で倒す。数が多ければ一度撤退する。そういった作戦を考えておきたいの」


 様々なイレギュラーを想定しておく。そうすれば、予想外の展開になっても頭の中が真っ白にならず、的確に行動できるだろう。


 正人たちはあり得ないと思って考えてこなかったダンジョンが意思を持っている可能性。悪意があると言い切る里香を、否定することは出来なかった。


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