第18話てめー何考えているんだ?
退屈な勉強を終えた烈火は、スクールバックを肩にかけて塾をでる。外で待っている、次男の春と合流した。
「春の兄貴は、学校の宿題は終わらせたか?」
「もちろん、烈火は……家に帰ってからだよね」
「わかんねーことが多いから、一人じゃできねーんだよ」
「良いよ。教えてあげる」
「サンキュー! 流石、春の兄貴! 助かる!」
言葉づかいは荒いが、いつも通りの会話。この後、食材を買って帰るのがいつものパターンなのだが、今日は、歓迎されない人物が割り込んできた。
「お前、烈火だったよな……?」
「あぁッ!?」
道端で呼び止められ、いきなりキレる烈火。不良の"なめられたら死ぬ"病気が発動したのだ。高圧的な態度で相手を威圧して、ことを有利に進める方法は、古今東西を問わず使われている。伝統的な手法だ。
とはいえ、歩道のど真ん中でそういった態度をとってしまうのは外聞が悪い。ヒートアップしてしまえば警察を呼ばれる可能性もあり、保護者として二人の面倒を見ている正人に迷惑をかけてしまう。
「烈火、落ち着いて」
「でもよぉ」
春が肩に手を置く。
烈火は、それだけで勢いが一気に弱くなった。
「同じ制服を着ているし、烈火の知り合いなんじゃないの? だとしたら、その態度はダメだよ」
春に指摘されて、ようやく烈火は話しかけてきた相手を見る。
さわやかな風貌で、パッチリとした二重。身長は高く体格はしっかりしているが、男くさい感じはしない。多くの女性を魅了する中性的な男性の小泉誠二だった。
「なんだ、お前かよ」
一方的に嫌っている相手であるため、烈火の機嫌は悪いままだが、それでも先ほどよりかは良い。春が肩から手を放して、二人のやり取りを見守れるレベルだ。
「クラスメイトに冷たい言い方だな。もっと気楽に生きたほうがいいんじゃないか?」
「うっせーな」
痛いところを突かれた烈火は、顔を背けるが、それも一瞬のこと。
雑談をする仲ではない。会話を終わらせるために用件を聞く。
「で、何の用だ?」
「急だねぇ。でも、僕も時間がないから助かるかな。烈火君は立花里香のことは知っているよね?」
誠二は終始、ニコニコと笑顔を浮かべている。だが目の奥には鋭い光があり、獲物は逃がさないといった強い意志を感じ取れた。
さらに見下すような視線は、烈火をさらにいらだたせる。
「まぁな、お前と同じクラスメイトだしな。知っている」
「うんうん、二人っきりで街を歩くほどには仲がいいしね」
烈火の眉がピクリと動く。予想していなかった言葉に思わず反応してしまったのだ。誠二はその反応を見逃さない。ただの噂話が正しかったと証明された。
確認に迫ろうとして、強引に話を進める。
「君に遠回しな会話は無駄だと思うから、ストレートに言うね。里香に紹介した探索者は誰?」
「……何の話だ?」
「しらばっくれても無駄だよ。ある程度は調べがついているんだ」
「どういうことだ?」
誠二は一枚の写真を取り出した。
東京ダンジョンに併設された換金所で、正人と里香が楽しく会話している姿が記録されている。知人と説明するには二人の距離は近すぎる。とはいえ恋人には見えない。多くの人は、友人もしくは、パーティーメンバーだと思うだろう。
「一緒に写っているのは、兄さんだよね? なんで一緒にいるんだろうね?」
烈火の頭に血が上ったのを察した春が一歩前に出る。
ここで殴りつけるような事態になってしまえば、圧倒的に不利な状況に陥ってしまうからだ。相手が何を考えているのか分からないのであれば、慎重に動く必要があり、今の烈火には期待できなかった。
「誠二君だったよね? 兄さんと里香さんが一緒に探索をして何か問題があるのかな?」
ようやく話ができる相手に変わったと、誠二の笑みが深くなる。
「問題はないですね。ただ、お願いがあります」
「お願い?」
「ようやく独り立ちの許可が出たので、東京ダンジョンの五層のボスを倒しに行きたいんです。僕と正人さんの合同パーティーでね」
脅迫、強要、恐喝……さまざまなのケースを考えていた春は、予想外のお願いに意表を突かれた。裏があるのか、言葉の通りなのか、相手の狙いが読めない。
脳内に思い浮かんだ疑問を、そのまま言葉にする。
「ボスを倒したいだけなら、ベテランと一緒に行った方がいいと思いますよ? 兄は探索者になってから、まだ数ヶ月しかたっていませんから」
「それは分かります。だからこそ、お二人がいいんです」
「……何か理由が?」
かたくなな態度に、春は怪訝そうな表情をする。
「五層の最速突破記録は半年。道明寺隼人さんが三年前に作った記録です。僕はこの記録を塗り替えたいんです」
人類最高レベル、ダンジョン踏破数など、探索者にまつわる記録はいくつもある。記録が塗り替えられるごとにテレビやインターネット上で話題になり、時の人となることも多い。
例に挙げられた道明寺隼人は、ボスが初めて登場する五層の突破記録を更新したことで話題になった。その後、日本人最高レベル保持、到達層の更新など、華々しい記録を打ち立てており、探索者の中で最も有名な人物にまで上り詰めた。
その高い壁を乗り越えようとする探索者も多い。春は誠二がそういった人間の一人だと理解した。
生活のために探索者になった正人と価値観が違いすぎる。トラブルになると、春の直感がささやいていた。
「探索者はスポーツではないので、記録を塗り替えることに意味はありませんよ?」
「優秀な探索者だと証明できるので、意味はあります」
「なら一人で頑張ってください。兄は興味ないと思うので」
「隼人さんの記録を抜けば、有名なパーティーが注目して、ほぼ間違いなく誘われます。そうすれば探索者としての立場は安定しますよ? 安定して稼げるようになる」
正人はスキル昇華を家族に話していなかった。検証が長引いているのと、性能が高すぎて情報が漏れるのを避けたかったからだ。まさかファイアーボールまで使えるようになり、安全に安定して稼げる状態になっているとは、春すら思ってもいなかった。
今もギリギリの戦いをしながら、ダンジョンを探索している。
春と烈火は、そんな勘違いをしているのだ。
もしかしたらチャンスなのかもしれない。勝手に断ることはできない。真っ白な紙に一滴の黒いシミが浮かび上がったかのように、気になってしまう想いが脳内にこびりつく。
強引に話を切って断ることもできる。里香を脅してパーティーを組んでいるわけではないので、何を言われても気にする必要はない。だが、安定して稼げるチャンスと言われてしまえば、この場で決めることはできなかった。
「なるほど……兄に聞いてみます」
「春の兄貴!」
断るはずだと成り行きを見守っていた烈火が、非難するような声を出した。
彼の性格を考えれば、むしろここまで黙っていたことを褒めるべきだろう。
「決めるのは兄さんだ」
春にしては珍しく強い口調。
しばらくにらみ合い、
「ちっ、わかったよ」
烈火が折れると、視線を誠二に向ける。
「返事は烈火からしますね」
「お互いの将来のために頑張りましょうと、お伝えください」
春の返答に満足そうにうなずく。
本人の意思とは関係なく、正人の取り巻く環境が大きく動き出そうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます