第19話一緒に探索したいって、マジで言ってます?

 里香の加入だけでも戦力としては十分だったが、さらに正人がスキルを覚えたことにより、低階層でモンスターと戦うには、過剰といえるほど充実している。すでに二層で戦うことはなくなり、スキルの検証が終わった正人たちは、狩場を四層に移し、オークの集団と戦う日々を過ごしていた。


 オークの魔石は一つ三千円。三時間の探索で最低十個は手に入る。日帰りの場合は六時間で探索を切り上げることが多いため、二人で折半しても三万円が手元に残る計算だ。


 さらに二人とも、魔力を吸収して肉体も強化されている。探索者として順調に成長できていると言ってもいいだろう。


 とはいえ、ダンジョン内では偶発的なトラブルは、どうしても起きてしまう。


 この前のように強敵に出会うこともあれば、深い階層に出現するトラップでモンスターに囲まれるときもある。転移によって見知らぬ場所に飛ばされることもあった。探索者から行方不明者が出る場合は、そういったトラブルに遭遇してしまった不運な人々だ。


 正人たちは幸運にもトラブルから生還できたからこそ、不測の事態には常に警戒している。


 実力は十分にあるからといって、簡単に先に進もうとは考えていなかった。


「五層のボスにチャレンジねぇ・・・・・・」


 探索を終えて帰宅した正人は、リビングで誠二のお願い事を春から聞いていた。その場には烈火もいる。いわゆる家族会議というやつだ。


 里香にチャットで確認して、ダンジョンショップで話していた男性とのことまで分かっている。彼女は「私は、どちらでも大丈夫です」と、判断は放棄しているので、正人の一言で全てが決まる。


「ボスって、強いのか?」


「オーガなんだけど、大剣を振り回すのと、自己回復、後は取り巻きのオークが厄介らしいね」


 烈火の質問に、正人は里香から教えてもらった情報を伝える。情報収集に関して言えば、里香の方が性格的に適性があり、一任しているのだ。もちろん、鵜呑みにはせず、真偽を確かめる程度のことはしているが、一から調べる苦労は省けているので、楽が出来ていると正人は感謝していた。


「ふーん。今の兄貴だと、かてねーの?」


「いや、大丈夫。勝てるよ」


「じゃ、誘いを断っても問題ねーんだ」


 五層突破の適正レベルは一。人数は五人程度が良いとされている。正人のパーティーは推奨人数より少ないが、レベル二が一人でもいれば余裕をもって戦うことが出来る。それほど、レベル一と二には超えられない差があるのだ。


 だがそれは、事前情報通りの状況であれば、という注釈付きだ。


 巨大なスケルトンと戦ったように、不測の事態が発生する可能性はある。ゲームのように毎回同じとは限らないのだ。過去に、オーガー討伐に十人で挑み、全滅したパーティーもいた。情報を持ち帰った人がいないことから、何が起こったのか分からず、決して油断してよい相手ではない。安全面を考えるのであれば、誠二の提案は正人にとってもメリットがある。


「断っても良いけど、断る理由はない」


「兄さんは、提案を受け入れるの?」


 春の質問に、正人は腕を組んで小さくうなる。


「うーーん。正直、悩んでる」


 合同パーティーのデメリットも当然ある。特にボス戦では信用できる人間かどうかは重要だ。里香のように助けてくれる人物でなければいけない。他にも実力が里香より劣るようでは足手まといになる。連携など出来ないので、実力も似たようなレベルを求めたい。


「烈火、誠二君は先輩の探索者に鍛えてもらったんだよね?」


「クラスで自慢していたから間違いないな。三層までは経験しているらしい」


「だとしたら、実力はそこまで劣らないか」


 兼業探索者や単純にスリルを味わいたい人であれば、二層までで終わる。オークの巨体は威圧感があり、相応の覚悟と実力がなければなかなか踏み込めない領域なのだ。さらに独り立ちを認められるほどの実力があると考えると、里香より劣っているとは考えにくい。


 レベル二の正人ほどの実力は望めないが、里香と同じような活躍は期待できる。


 とすると、残る問題は人格面だろう。


「誠二君は信用できそうかな?」


「女を侍らすような男は信用できねーな」


「気持ちは分かるよ」


 烈火のあからさまに嫉妬する態度に苦笑しながら、正人は春を見る。


「春は、どう感じた?」


 烈火は主観が入りすぎてしまい客観的な評価が出来ないのだが、春は一歩引いた立場で見ることが多いので人物評価には定評があった。


「ボスを倒して新記録を塗り替えたいのは事実だと思う。他人の目を気にして判断するタイプだから、いきなり裏切るようなことはしないと思うし、向こうは女性が二人もいるから、性別的な面も安心できるかな。兄さん、一緒に行動しても大きな問題はないと思うよ。けど……」


 男性の中に女性が一人。そういった構成であれば男女間のトラブルは発生しやすい。今回の場合は、女性が多いパーティーになるので、その点の心配は不要だろう。


 だが春は、彼のことを全面的に信用できるとは思えなかった。


「少し気になるんだよね。彼の目的が最速記録更新だけじゃないように感じるんだ」


 それは春が感じた違和感だった。最初は微かなものだったが、時間の経過とともに言葉になっていく。


「なんで、僕らに声をかけたんだろうね? 探索者のパーティーを組むなら、兄さんに直接言えばいいと思う」


 行動があまりにも回りくどい。遠回りだ。

 誠二の目的が新記録樹立であれば急ぐ必要があるのに、やっていることは真逆だ。外堀を埋めるように、周りから声をかけているのだ。


「僕や烈火に言っても、兄さんに相談して決めることは、相手にもわかっていたはずなのに。時間をかけすぎなのがおかしいと感じてしまう……」


「なるほどね、確かに春の言い分は分かる。でも、ボスと闘う仲間は重要だから慎重になっていると、考えられないかな?」


「もちろん、その可能性もあると思うよ。ただ僕なら、険悪な相手に仲介は頼まない」


「まぁね……」


「烈火、クラスの評判は悪くないんだろ?」


「ムカツクぐらいな。イケメンで成績も良い。人当たりも良く、教師からの評判も高い。すべてを手に入れたような男だ」


「その評価が正しいなら、実際に何回かパーティーを組んで、ダンジョンを探索しながら理解を深めた方が早そうだね」


「じゃぁ――」


「一時的に合同パーティーを組もう。四層で一緒に行動してみて、問題がなければ正式に五層突破を目指す」


 最も回避したい事態は、オーガーを前にして正人を囮にして逃げることだ。学校や春の評価から、そういったリスクは低いと予想できる。別の思惑がなんだろうと、五層突破を目指すことに変わりないのであれば、合同で戦うこともできる。

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