第17話魔力の流れが見えるって便利なんですね
大金を手に入れた正人は、スケルトンとの戦闘で破壊された装備を買い直した。
ミスリルやオリハルコンといった特別な素材を使った装備は無理だったが、以前の装備より質は良い。丸一日使って悩みに悩んだ結果、ダンジョン鉄をふんだんに使い、一回り大きくなったナイフを二本と、同じく頑丈な胸当てとガントレットを購入した。
使い心地はよく、体に馴染むのも早い。装備の問題はクリアした。
レベルアップの効果で傷の治りも早く、数日後にはスキルの検証まで行なっていた。本格的にダンジョン探索を再開する前に、覚えたスキルの使い方をマスターするつもりだ。
新しい力を手にいた高揚感は忘れられず、手に入れたスキルを使って、何が出来るのか、どこまで応用できるのか、日を重ねるごとに没頭していく。
その成果はすぐに出た。短剣術や隠密なスキルは分かりやすく、すぐに実戦で使えるレベルになる。相性が悪いと苦戦したオークも、ゴブリンと同じ扱いになっており、何匹でてきても雑魚扱いできるようになったのだ。
次々とスキルの使い方を学んでいった正人が、最後に取り組んだのが魔力視だった。事前情報では「魔力の流れが見える」といった曖昧なことしか分からない。
「先ずは、魔力視のスキルを使ってみるか」
ベッドの上であぐらをかきながら、スキルを使うことを意識する。
目にグッと力を入れて、その状態のまま自分の体を見ると、体内の存在する魔力の流れが分かった。
ファイアーボールであれば、体内から細い紐のような形で空中に魔力が出ていき、球状の魔力が一定の密度になると、火が具現化されるところまでハッキリ見えるのだ。
相手が何を使うのか、事前に察知できるので便利ではあるが、スキルを使わない相手には意味がなかった。
「でも、他のスキルと組み合わせたら?」
現在、正人が考えていることがこれだ。魔力視だけではスキルの発動予測しかできないが、別のスキルを組み合わせると化ける。
――スキル昇華。
ファイアーボールを使うような感覚で魔力を操作してみたら、スキルを使う経験をしたと判断されて、スキル化する。正人は理論ではなく「そういった使い方も出来る」と、感覚で確信していた。
問題はスキルの発動を魔力視で確認しなければいけないことだ。魔力の流れを見なければ、経験することは出来ない。
だが幸いなことに、ファイアーボールだけは分かった。
スケルトン戦で痛い目に遭いながらも、何度も発動するまでの流れを見てきたからだ。
「よし、やってみるか!」
正人はベッドから立ち上がると、ファイアーボールを覚えるためにダンジョンへと向かった。
◆◆◆
東京ダンジョンに入った正人は、一層でモンスターがほとんど出てこないエリアに行くと、里香に見張りを頼む。
「スキルの練習をするから、周囲の警戒任せてもいい?」
「任せてください」
とは言ったものの、モンスターはほとんど出てこないので、暇であった。しばらくして時間を持て余した里香は、思いついた言葉を口に出した。
「本当にファイアーボールすら覚えたら、正人さんのスキルはチートですよね」
「経験を積み重ねないといけないから、チートっていうほどじゃないけどね」
「いやいや、多分、世界で一人だけですよ? スキルカード不要な探索者! 選択肢が増えるのは、すばらしいことです」
「そうだったね……。そう考えると、確かに、このスキルはチートかもしれない」
持たざる者は選択肢は少ない。選べるという時点で恵まれているのだ。
集中するために会話を終わらせると、魔力操作をする。
魔力を全身に巡らせる。細胞一つ一つに染み渡らせるよう浸透させるのだ。肉が、血が、骨が、魔力によって塗り替えられていく。人間ではあるが人間ではなくなる感覚。それはレベルアップに近く、存在としての強度が上がっていくことに他ならない。英雄、勇者、聖人、賢者、そういった特別な存在と肩を並べるのに必要な過程だ。
たった数秒で、全身が余すことなく魔力に塗りつぶされ、
『肉体強化、全ての身体能力を二倍以上にする』
脳内にメッセージが流れる。新しいスキルを覚えた。
「えっ!?」
ファイアーボールを覚えようとして、別のスキルを手に入れてしまった。
仮に正人と同じようなことを別の探索者がしても、スキルにはならず、肉体が少し強化された程度の効果しか発揮されない。スキルになる恩恵は計り知れないのだ。
「ファイアーボールを覚えたんですか?」
怪訝な顔をした里香が、振り返り質問をする。
「ううん・・・・・・別のスキルを覚えたみたい」
「そんな一瞬で・・・・・・やっぱり、チートじゃないですか」
「チート、だねぇ」
何年もかけて経験を積む必要はなく、短時間でスキルを一つ覚えてしまえる。スキルカードを手に入れる幸運やオークションで購入する資金力は必要なく、どんなスキルでも簡単に手に入ってしまうのであれば、まさしくチートだ。ズルと言われても仕方がないだろう。
「魔力の流れを見て覚えられるのであれば、この世にあるスキルは全て手に入りますね」
「そうなると、回復スキルを覚えれば探索者を続けなくてもお金は稼げるか」
現代社会では、回復スキルを使った商売は認められている。スキルを覚えた上で資格を取る必要はあるが、そう難しくはない。正人なら、すぐにでも取れるレベルだ。
ダンジョンの出現以降、ケガをする機会は増えており、回復スキルの需要はとどまることを知らない。使えるようになれば、それだけで生きていくことは可能だ。弟二人を養い、大学へ進学させる資金も十分に手に入る。
回復スキルを見せてもらえばすぐに覚えられる。今すぐに探索者を引退しても問題がない。
気がつけば、探索者を続ける理由がなくなってしまったのだ。
「それは・・・・・・」
当然、里香も同じ考えにたどり着く。
不安げな表情を浮かべ、泣き出しそうな目をしながら正人を見つめる。
「安心して。やめないよ」
罪悪感を感じて、とっさに答えてしまった。
すぐに探索者をやめる予定はない。それは間違いないが、だからといって一年続けられるか? と、問われれば、正人は「分からない」と答えるだろう。
そのぐらいの時間があれば、ほぼ間違いなく回復スキルは使えるようになっている。安全にお金を稼ぐ手段があるのに、命をチップにしてまでダンジョンを探索しているとは考えにくかった。
もちろん、その時になってみないと分からないが、少し前に比べて探査者にかける熱意が減っていることは間違いない。
「約束ですよ?」
「あぁ、大丈夫だ」
「信じてますから」
会話が終わり、里香は周囲の警戒を再開した。
その背中を正人は見つめる。信じる、その言葉は重い。
裏切ってしまえば、それは彼女の未来を閉ざすことに繋がるからだ。
探索者として経験を積んで、レベルが上がれば話は別だろうが、それには試練を乗り越える必要がある。そこまでたどり着かない可能性もあった。
「さて、頑張りますか」
悩みを振り払うようにして魔力操作に集中する。体中に流しつつ、一部を外へ放出。丸い形にしていき濃度を高めていく。何度も繰り返していく。
『ファイアーボール、火の玉を創り出して、操作する』
すぐに探索者をやめろといわんばかりに、あっけなく、目的のスキルを覚えたのだった。
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