第292話 いや! 誰か助けて!!

「皆さんどう思います?」


 女性の配信者が視聴者に問いかけると、コメント欄の流れが速くなる。


『先ずは自分のクビを切れよ!』

『違法解雇だって告訴しようぜ!』

『モンスターに襲撃されても体質が変わらないなんて終わっている』

『独占しているからいけないんだ。誰かライバル企業を作れよ』

『追放されたヤツらで立ち上げたら熱くね? 俺は応援する』


 配信が盛り上がり女性の配信者は満足している。


 切り抜いてショート動画にする場面もいくつか作れているので、後は適当なところで会話を終わらせれば仕事は終わりだ。


 そう思っていたのだが、『精神支配』されてしまっている児玉は暴走してしまう。


「みなさんも同意してくれているようですね。では、これから探索協会のオフィスを襲撃しに行きましょう。副会長の豪毅を殺して組織を変えるんです!!」


 まさかの襲撃、殺害予告だ。プラットフォームの運営に見つかれば配信の強制停止、もしくは自信のアカウントの凍結などが行われる。収益だって剥奪されるかもしれない。


 賛同するわけにはいかず、女性の配信者は児玉を止めようとする。


「暴力的な手段は良くないですよ? 法に則って――」

「うるさい! それで変わらないから暴力を以て是正するしかないんですよ!! 力なき声は無価値、意味はないんだッ!!」


 ラオキア教団の施設が次々と国に押さえられ力が落ちていることもあって、大教祖は焦っている。


 社会を騒がせれば追跡の手が少しは緩むかもしれない。


 大教祖を守る陽動として児玉は暴れ続ける。


「俺に付いてくればスキルカードを渡そう! ミンジュはどうだい? これを渡すから襲撃しに行こう!」


 女性配信者――ミンジュに児玉は掴みかかった。


 手には『召喚』のスキルカードがある。


「やめてくださいっ!」

「うるさい! さっさと覚えろ!!」

「いや! 誰か助けて!!」


 激しく抵抗したミンジュの服は破れ、紫色の下着が露わになった。それでも児玉は止まらない。顔を殴りつけ、服を剥いで抵抗する意思を削いでいく。


 カメラは固定されていて撮影している個室には二人しかおらず、さらに防音を施されていて声は外まで届かない。


 叫んだところで誰も助けてくれないのだ。


「静かにしないと殺すぞ!」

「みんな助けて!!」


 視聴者に向けてミンジュが叫ぶ。


 警察に通報したといったコメントが書き込まれているが、住所が分からないので駆けつけるのには時間がかかるだろう。


「それ以上拒否したら殺すっ!」

「わ、わかった。スキルを覚えるから!」


 半裸状態になって心が折れたミンジュは、スキルカードを受け取って覚えようと念じる。しかし、何ら変化はなかった。


 レベルを持っていないため覚えられないのだ。精神支配され暴走した児玉には、そんな基本的なルールすら思い出せない。


 不運なことに嘘をつかれたと思って逆上してしまう。


「欺したな! お前も俺のことをバカにしているんだろ! 許さねぇ!!」


 両手で首を掴んで絞める。


 逃げ出そうと抵抗するミンジュだが、レベル持ちとの力差は歴然とあって無意味だ。すぐにポキッと乾いた音がして、彼女の体から力が抜けてしまった。


 手を離すと児玉はカメラを覗き込む。


「探索協会を襲わなければ、次はお前たちを殺す」


 一方的に脅迫をするとカメラを叩き壊した。


 配信は強制終了される。


 衝撃的な事件ではあったが、他人に興味が無い美都の表情は変わらない。


 時間を潰すため他の配信を見ようと指を動かしていると、ニュースアプリからの通知が届いた。


『二足歩行のアリ型モンスターがインドネシアに出現!』


 オーストラリア大陸で暴れ回っている蟻人族のことだ。


 内容が気になった美都は通知をタップして詳細を読む。


「……結構やばめなニュースが流れているわよ」


 ミンジュが死んだことなんて忘れてしまった美都は、スマホの画面を二人に見せた。


「なんのことだ……ん? 蟻人族のヤツらがどうしてインドネシアに?」


 海を越えて別の場所にいること、そのことにユーリは疑問を持った。


 広大な海を泳いでたどり着いたとは思えない。船や飛行機をジャックされたニュースは出ておらず、また蟻人族は飛行機を操作するほどの技術は持ち合わせてないため、どうやってオーストラリア大陸から出られたのか分からないのだ。


「分からないわ~。本人に聞いてみれば~?」

「できたら苦労しねぇよ」


 指名手配されているユーリが空港にでも行ったら即捕まってしまう。船でも同様だ。さらに言語の問題もあって直接話を聞くなんて不可能であるため、即座に否定したのだ。


「だったら、誰かが調べるまで待つしかないわね。私はそれでもいいけど~」


 ダルそうに言った美都は視線をユーリから正人に移す。


 無言で「どうするの?」と訴えた。


「蟻人族には聞けないけど、レイアなら何か知っているかもしれない」

「おー、確かに。匿ってるんだから使えるときに使っておかなきゃな。蟻人族のことをすべて聞かせてもらおうぜ」

「その言い方は酷いですよ」

「けど、間違ったことは言ってない。そうだろ?」


 鬼人族のレイアとサラを生かしている理由の一つに異世界の情報源としての活用があるため、ユーリの発言は正しいのだが悪意が強かった。


「間違っていませんが正しくはないですね。侵略行為によってユーリさんの計画が崩れたからって悪く言い過ぎです。あまり彼女たちの前でそんな態度を取らないでくださいよ」

「俺だって大人だ。そのぐらいわかってる。ほら、行くぞ」


 形勢が不利なユーリは立ち上がると玄関に向かい、正人も後に続いて鬼人族に割り当てた部屋へ向かって行った。



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【あとがき】

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