第293話 心当たりあるんだろ。さっさと教えろ
正人とユーリは、マンションの最上階に割り当てられた鬼人族の部屋に来た。ちなみに美都は面倒だからという理由でこの場にはいない。
サラの案内で室内に入ると、トレーニングルームと書かれたドアを開ける。
外出ができない二人のために筋肉トレーニング用のジム器具ながあった。レイアは体にピタッと張り付くトレーニングウェアを着て、ランニングマシーンの上を走っている。
運動を始めてからある程度の時間が経過しているのか、額や首筋には汗が浮かび上がっていて頬はやや赤みがかっている。はっ、はっと短く呼吸を繰り返しながら、真っ直ぐ前を見ていて正人たちには気づいていない。
「レイア! お客さんだよーー!」
少女と呼べる年齢であるサラの言動は、やや幼く手を振りながら呼んだ。
首を動かして正人たちの存在を確認したレイアは、ランニングマシーンの速度をゆっくりと落として止まる。
近くに掛けていたタオルで汗を拭いながら二人に近づいた。
「何かあったんでしょうか?」
今まで二人揃ってわざわざ部屋に来ることはなかった。それが揃っているということは、異世界の知識が必要になったとレイアは感じ取っている。
役に立つことがサラの命を繋げることにつながると分かっているので、この場に及んで嘘やごまかしといったことはしないだろう。
「蟻人族が海を越えて別の島に出現した。ヤツらはどうやって移動した?」
挨拶や前置きを飛ばして本題をぶつけたのはユーリだ。ある種の敵意を感じるような態度ではあるが、自らがやってしまった過ちを理解しているレイアたちは当然だと受け入れる。
むしろ優しく接している正人が異常なのだ。
「あの種族は遠泳できません。船や飛行機といった乗り物で移動したのではないでしょうか? ……いえ、あの種は頭が良くない。自ら操作することはできないので密航したかもしれませんね」
「さすがに人類もバカじゃない。あんなデカい生き物がいたら気づく。それはないだろ」
貨物に入っていたとしてもじっと大人しくはしていない。海に出てから暴れ出せば、すぐに気づかれてしまう。
密航なんて手段を取ったとしてもバレずに移動なんて不可能だ。
「確かに。普通は他の大陸へ移動する前に気づかれ、倒されるでしょう」
そんなことはレイアもよく知っていて、ユーリの言葉を否定することはなく微笑みながら肯定した。
「随分と余裕そうじゃないか。心当たりあるんだろ。さっさと教えろ」
「殿方にそんなすごまれたら、怖くて何も言えなくなってしまいます」
逃げるようにして正人の腕を組んだ。運動したばかりなのでレイアの体は火照っていて、体温が伝わってくる。
汗とリンスの香りが混ざり合って男性の本能を刺激してくる。さらに薄い生地に包まれた柔らかい胸も当たっているので、女性経験のない正人は緊張のあまり硬直してしまう。
全く反応がないことに疑問を持ったレイアが顔を上げると、真っ赤になって目を泳がせている正人がいた。
「あれ? もしかして異性に慣れてないんですか?」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべると、横腹をつんつんと突っつく。
「ダメですって! そういうの!」
「いいじゃないですかぁ。恩人なんだから、私のこと好きにして良いんですよ」
「そんなことしませんッ! 離れて下さいって!」
楽しくなってきたレイアは離れない。
むしろさらに胸を押しつけようとするが、頭を鷲づかみにされてしまう。
「今のご時世では珍しいクソ真面目な男だ。からかうのは止めておけ」
種族が違っても本気で怒っていることは伝わった。
遊びの時間は終わりだ。
レイアは素直に手を離すと正人から離れる。
「過保護は良くないと思うけど?」
「今はそれどこじゃないことぐらい分かるだろ。さっさと話せ」
ピリピリした空気にあてられて怖がったサラは正人の足にしがみついたので、頭を撫でて落ち着かせながら二人を見ているとようやく話が進み出す。
「地面に穴を掘って移動したんですよ。蟻人族は」
「おいおい。そんなこと可能なのかよ?」
「過去、私がいた世界でも同様のことが起こったから間違いないと思います」
「マジ?」
「はい」
「ってことは、地球全体に蟻の巣を作ろうとしているってことか……」
「そこまで広くはありません。一本、多くても二本ぐらい地下通路を作って移動していると思います」
それでもオーストラリア大陸からインドネシア諸島の距離を考えれば、かなりの距離を掘り進められることが分かる。その気になれば地球を一周するほど作れるだろ。
異世界の生物を人類の常識で考えてしまえば永遠に勝てない。完全に排除するには、もっと敵を知る必要があった。
「すると別の場所にも出る可能性があるのか?」
「地球での蟻人族の動きがもう少し詳しく分かれば具体的なことが言えると思いますが、今のところ可能性はある、そのぐらいのことしか言えません」
「なら、情報さえあればもう少し詳しいことが言えるんだな」
ユーリは自身のスマホを取り出すとニュースアプリを立ち上げる。ネットでライブ配信をしていたので再生すると、レイアにディスプレイを見せつけることにした。
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【あとがき】
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