第329話 気合い入魂っ!

 ダンジョンの三階層は暗闇に包まれた洞窟だった。正人がスキルで火球をいくつか生み出して周を照らす。目の前にある通路は幅が十メートルほど。戦うには十分なスペースがある。壁はクリスタルでできているため、光を反射してキラキラと輝いていた。


「地面は砂で、壁はクリスタル……綺麗ですね。ダンジョンじゃなければ有名な観光地になりましたよ」


 目を奪わされそうな光景に里香は思わずつぶやいた。


「触るとボロボロと削れるよー! 意外と脆いのかな!?」


 美しいよりも材質に対しての興味が上回ったヒナタは、鳥人族の死体から奪った短槍でクリスタルを削っていた。穂先が当たる度にボロボロと砕けて剥がれ落ちていき、地面に落ちると砂になっていた。


 足元にある砂は、すべてクリスタルが砕けた残骸だったのだ。


 武器を使えば壁は簡単に壊せるだろうが、大量の砂が生まれてしまうので近道は作れそうにない。地道な探索が必要そうであった。


「ちょっとヒナタ! 危ないから止めなって」

「えー。お姉ちゃん楽しいよ?」

「絶対に楽しくないから……」


 短槍を握った冷夏が半目で睨んでいた。本気で怒られていると気づき、乾いた笑いをしながらヒナタはクリスタルから離れる。


 三人が騒いでいる間にも正人は『索敵』『罠感知』を使って、三階層の状況を確認している。モンスターの数は多くない。通路に点在している程度だ。物量で押しつぶされることはないだろう。罠については索敵範囲内に存在しない。浅い階層であるためこの点は不信に感じなかった。


 この場で手に入れられる情報を整理すると、三階層の全体像を把握するべく『地図』スキルを発動させて歩き出す。


 黒く塗られた脳内に通過した通路が記録されていく。


「あ、待ってくださいー!」


 置いてかれそうだと気づいた里香が走り出し、遅れて双子も続く。追いつくと正人を先頭にして一列でダンジョン内を進んでいくことなる。


「短距離瞬間移動で探索しないのー?」

「モンスターの種類を確認したいし、しばらくは足で確認するよ」

「は~~い」


 壁のない広大な二階層とは違って通路で区切られた空間であるため、不意にモンスターと遭遇する可能性はある。


『索敵』スキルの範囲外は全くわからず、出現するモンスターの種類も不明であるため、時間がないとはいえ、しばらくは慎重に行動する予定であった。


 度々、砂に足を奪われ多くの体力を消費しながら進むと、正人が軽く手を上げて止まった。ナイフを構えて前を見る。


 カタカタカカタ。


 乾いた音がする。

 モンスターが近づいているのだ。


 冷夏は薙刀、ヒナタは短槍、最後尾にいる里香は片手剣を構えつつ後ろを警戒している。


 光源として出現させている火球の一つを通路の奥に飛ばすと、剣と盾を持ったスケルトンナイト、全身を包帯で巻かれたミイラが一体ずついた。


「ひぃ……っ!」


 恐怖に弱い冷夏が短い悲鳴を上げた。

 薙刀が震えている。


「気合い入魂っ!」


 弱気な姿勢を見せるなと、ヒナタが背中を叩いた。小さく飛び跳ねる冷夏だったが、驚いたおかげもあって固まっていた体はほぐれる。妹らしい助け方であった。


「もう大丈夫だよね?」

「うん。ありがとう」


 準備が整ったのを確認すると、正人は三人に声をかける。


「モンスターの能力を確認したい。私は接近戦でミイラと戦うから冷夏さん、ヒナタさんはスケルトンをお願いするね」

「任せて下さい」

「頑張る!」


 力強い返事を聞いた正人は低く走り出した。ミイラの前にいるスケルトンが剣を横に振るうとスキルを使う。


 ――短距離瞬間移動。


 急に目の前から正人が消えて攻撃は空振りに終わる。クリスタルの壁に当たると大きなヒビが走って大量の破片が飛び散る。空中でキラキラと輝いていたが、途中から砂に変わり視界が悪くなってしまい、双子は動きが止まってしまった。


 スケルトンは視力ではなく生物が発生する魔力や熱を感知して動いているため、砂煙の中を迷うことなく前に進んで冷夏に近づく。煙の動きからモンスターが近づいていると気づいていたため、薙刀を前に突き出すが盾で受け流されてしまう。バランスを崩して動きが取れない冷夏にスケルトンの剣が迫る。


「お姉ちゃん油断しすぎっ!」


 頭に当たる直前でヒナタの短槍が間に入った。全力で振り上げると、スケルトンの腕も上がる。


 胴体ががら空きだ。

 薙刀が左胸にある魔石へ迫るが、肋骨が開いて刃が反れてしまった。


 東京ダンジョンで遭遇したような個体であれば容易に貫けただろうが、今回の相手はレベルが高く特殊な能力を持っている。肋骨がミサイルのように発射されて、短槍を向けていたヒナタに向かう。


 砂煙によって視界が悪く避けるのは難しい。二本目までは柄で弾けたが、それ以上は無理だった。三本目が胸に突き刺さりそうになると、里香が守るようにしてヒナタに抱きつく。左脇腹にめり込んだ。


「ガハッ」


 内臓を破壊されて血を吐き出す里香は、それでも倒れることなくヒナタの前に立つ。続いて放たれた肋骨を急所だけ当たらないように剣で弾き、すべてを受けきると倒れながら『自己回復』によって傷を癒やしていく。


「ヒナタちゃん。後は頼んだから!」

「任せて!!」


 薄らと浮いた涙を拭き取りながら短槍を突き出す。スケルトンは盾で受け流そうとするが、薙刀が振り下ろされて腕が飛ぶ。攻撃を邪魔するものはなくなった。穂先は露骨の守りがなくなった魔石へ吸い込まれるようにして突き刺さり、破壊する。


 パリンとガラスの割れる音がすると魔石は砕かれ、スケルトンは体を維持できなくなりバラバラになりながら地面に転がり、黒い霧に包まれて消えてしまった。

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