第104話いっくよーー!!
アイアンアントの巣は迷路のように通路が枝分かれしていて、複雑で行き止まりが多い。また上下に移動することも多く、地面の凹凸が激しいのが特徴だ。下を見れば、至る所にアイアンアントが集めた食材だったものが転がっている。
その中には武具の破片もあり、ダンジョン探索や戦闘に慣れてきた四人ではあるが、死の気配が濃い巣穴に緊張していた。
「この奥にクイーンがいるんですよね。戦いますか?」
質問をしたのは事前情報を調べていた里香だ。
巣の奥にはアイアンアントクイーンがいる。十階層に出現するボスの個体より二回りも小さく弱いのだが、この周辺で出現するモンスターの中では上位に位置する強さだ。確実に倒すのであれば、五人前後の探索者が必要となるだろう。
また、アイアンアントクイーンを倒すとアイアンアントの卵をドロップすることがあり、これが珍味だと一部の裕福層から高値で買われることがある。探索者の中には、この卵だけを狙って九階層を訪れる人もいるぐらいだ。
「無視だね。今日は、砂埃が落ち着くまで浅い場所を調べるだけだよ」
正人はこんなところで無謀ともいえるチャレンジをするつもりはない。地上の砂埃が収まるまで一時的に退避しているだけだ。行き止まりの小部屋を見つけて小休憩する予定だった。
「とりあえずモンスターが少ないところを選んで進もう」
緩やかに下る坂を進む。明かりは腰についた電気ランタンと正人の周囲に浮かぶファイヤーボールのみ。音が反響するため、モンスターの気配は察知しにくい環境だ。索敵や地図のスキルがなければ、歩みはもっと遅くなっていただろう。
下り坂が終わると、地面に折れた剣が落ちていた。
「これは……?」
先頭を歩いていた正人がしゃがんで手に持つ。刃に錆が浮いていて長い間、手入れもされず放置されていたことがわかる。近くには白い欠片がいくつもあった。
「人の骨だ」
過去に巣に入った探索者が、ここで力尽きた結果が残っていた。気づけば周囲にいくつも白い破片が転がっている。
肉はアイアンアントの食事として使われてしまったが、骨は食べられないので放置されているのだ。
「こっちに免許が落ちてます」
里香が拾ったのは探索者免許。その数は三つ。全員が三十代の男性だった。
東京ダンジョンの一階層や二階層で探索者が死ぬのは珍しい。だが九階層までくると話は変わる。モンスターも強力になり死亡率は上がるのだ。
ここにくるまで正人たちは、こういった状況を何度も経験している上に、二度にわたる探索者同士の戦いで精神が鍛えられている。この程度で怖気づくことはない。淡々と探索者免許を回収していく。
「先に行こう」
正人の声に三人が頷くと四人は奥に進む。
比較的歩きやすい場所を選びながら歩いていると、三つに枝分かれした道が近づいてきた。
分岐のポイントに赤いマーカーが一つある。
「アイアンアントが一匹いるみたい。誰か戦いたい人いる?」
周囲の警戒を担当している正人は、戦闘に参加するつもりはなかった。
三人に意見を求めると意外にもヒナタが手をあげる。
「ヒナタがやる! 昆虫になんか負けてられないからねッ!」
先ほどの戦闘でふがいないところを見せてしまったこともあって、気合が入っていた。鉄のように固い外骨格を持つアイアンアントとレイピアの相性は良くないが、ヒナタであれば倒せると信頼しているので、この場で反対する人はいない。
「任せたよ。何かあったときに対応できるよう、冷夏さんは近くに待機しててくれる?」
「はい。任せてください」
戦闘は双子の姉妹に任せた正人は里香とともに後ろを警戒する。
天井に穴が空いてアイアンアントが落ちてきたら、索敵スキルを維持してても察知できない。そういった不測の事態に備えた行動だった。
「いっくよーー!!」
声を出して気合を入れながらヒナタが走る。アイアンアントは威嚇するように頭部を持ち上げて、ハサミのような左右にある大顎をガチガチと鳴らしている。
嫌悪感を抑え込み、足を止めないヒナタは、接敵する直前で跳躍して背中に乗った。アイアンアントが暴れだす前に頭部と胸部のつなぎ目に突き刺す。
「!!!!!」
アイアンアントは頭部が思うように動かなくなり致命的な攻撃をされたことに気づく。暴れて上にいるヒナタを振り落とそうとする。
無理してしがみつくようなことはせず、ヒナタはアイアンアントから飛び降りて、背後を取った。
「やぁッ!」
かわいらしい声を上げて後ろ脚の関節をレイピアで次々と刺していく。大顎で嚙みちぎろうとしたアイアンアントだったが、振り返る前に足が三本も破壊されてしまった。
多大な犠牲をだしてようやくヒナタを正面にとらえたアイアンアントは、大顎で攻撃をする。ヒナタはバックステップで回避してから、今度は前に飛び出して複眼をレイピアで突き刺す。攻撃は終わらない。さらにレイピアを横に振るって、触角を二本切り落としてから、前足の関節を狙って突き刺した。
ついにバランスが取れなくなったアイアンアントは、体を地面につけてしまう。ヒナタは再び飛び乗ると関節にレイピアを突き刺してから横に動かして、頭部と体を切り離した。
実態が維持できなくなったアイアンアントは黒い霧に包まれて消える。
地面には魔石が一つだけ落ちていた。
苦手だった昆虫との戦い、勝った。ヒナタの機嫌はよい。
鼻歌を歌いながら落ちている魔石を拾おうとしてしゃがむ。
「ヒナタ! 後ろッ!!」
冷夏の声で振り返ったヒナタの目に、地面から這い出てこようとしているアイアンアントの頭が見えた。距離は一メートルを切っている。このままだと左右の大顎で噛みちぎられてしまう。だが、彼女は焦っていなかった。
警告したのと同時に冷夏は走りだしていたのだ。
まるでモグラたたきをするように、薙刀でアイアンアントの頭を両断してヒナタを守った。
「お姉ちゃんありがとうッ!」
「もう、油断したらダメだよ。危なかったんだから!」
「はーい!」
いつもミスをする自分を守ってくれる冷夏に、ヒナタは感謝をしながら抱きついたのだった。
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