第307話 どうして生きているんですか

 正人が駆け寄ろうとしたが、倒れた谷口は地面の上をのたうち回ってしまった。


 気合いや根性で『精神支配』スキルが一時的に弱体化したとしても無効化されることはなく、自我を崩壊させようとして体内を攻撃しているのだ。


「ア゛アアアアァァッ!!!」


 逆らおうとすれば激しい痛みが伴う。人間が出せるとは思えない叫び声を上げ、目や口から血を流し出した。


 先ほどまで普通に話せていた友人が変貌してしまい、四人は戸惑って動けない。その瞬間を狙って、意識を取り戻したラオキア教団の信者が谷口に触れた。正人の精神支配が失敗した時の第二プランが発動する。


 ――クリエイトアンデッド。


 死体もしくは生物をモンスターに変えてしまう恐るべきスキルだ。生者のアンデッド化は抵抗されて大抵は不発するのだが、『精神支配』によって抵抗力を奪われてしまったため、成功してしまった。


 日本どころか世界でも発見されてない非常に珍しいスキルであるため、正人を含め誰も、このスキルの存在は知らない。アンデッドに変質したことすら気づけていない。


『クリエイトアンデッド』の効果はすぐに発揮された。谷口の体から黒い霧が発生したのだ。


 被害を受けないよう信者はすぐに逃げ出したが、誰も追いかける余裕はない。


「みんな下がって!」


 効果不明の黒い霧に危険を感じた正人が指示を出すと、取り囲んでいた三人は距離を取る。


 ――エネルギーボルト。


 威力は低いが発動速度と連射性能は高い。正人が放った数十にも及ぶ光の矢が谷口に向かうが、周囲に発生している黒い霧と衝突して消えてしまった。『小刀:氷』『水弾』も同様だ。スキルが消滅してしまう。


 ファイヤーボールは周辺の建物も破壊してしまう可能性があって使えず、次の攻撃をどうするか悩む。


 その間にも谷口の体は変化して、体毛はすべてなくなり、肌は黒くなる。金属のような光沢を放っていた。既に人とはまったく異なる構造になっていて、魔力も跳ね上がっている。人間を辞めてモンスターになってしまった。


「ガァァァアアアッ!!」


 衝撃波を伴う咆吼によって正人たちは吹き飛ばされ、ブロック塀に当たる。苦痛耐性は発動したが、正人は咳き込んでいて動けない。里香たちは頭を打ってしまい膝をついている。脳が揺れて立ち上がれないのだ。回復には僅かながらも時間を要する。


「モンスターだ……どうして、ここに……」


 声に気づいて裏路地に来た男性は、腰を抜かして座り込んでしまう。レベルすら持っていない一般人だ。新鮮で弱いエサが来たと喜んだ谷口は、口が裂けるほど大きく開いて襲いかかる。


 ――障壁。


 男性の前に半透明の壁が出現して攻撃を防いだ。


 ――短剣術。

 ――怪力。

 ――身体能力強化。


 正人は接近戦用のスキルを起動させる。


 脅威を感じた谷口が振り返ると、誰もいなかった。


「グァ?」


 左右を見る。里香、冷夏、ヒナタの姿はあったが、正人がいない。


 とっさに人間だった頃の記憶をたぐり寄せ、転移系のスキルがあると思い出して顔を上げる。夜空が広がっているだけだった。であれば……。


「こっちですよ」


 背後に回り込んだ正人がナイフを突き出す。狙いは背中、心臓のある部分だ。『短剣術』以外は黒い霧に無効化されず、スキルの効果によって威力が増していることもあって、肌と筋肉を突き抜ける。心臓まで到達した手応えはあった。


 背中を蹴るとナイフは抜かれて、谷口は吹き飛ぶ。ブロック塀に突っ込み、破壊して倒れた。


「早く逃げてください」

「は、はいッ」


 立ち上がろうとして失敗した男性は、這いつくばるようにして裏路地から逃げる。正人としては手助けしたいところだが、今はできない。ブロックの破片を落としながら、谷口は立ち上がっていたのだ。


「心臓は壊れているはずなんだけど、どうして生きているんですか」

「…………」

「人間を辞めてしまったみたいですね。これも、大教祖の狙い通りですか?」

「…………」


 僅かに心が残っていればと思って話しかけたのだが無言だった。


 人間ではないモンスターになってしまった谷口を倒さなければと、正人は気持ちを引き締める。


 ――毒霧。


 体を溶かすほどの酸性の霧を発生させたが、黒い霧と混ざって飲み込まれてしまう。続いて正人は近くに転がっているブロック塀の破片を拾うと投げつける。黒い霧を通り抜けたが、谷口は横に移動して回避してしまった。


「ナイフで刺したときにわかってましたが、直接触れないスキルだったら有効みたいですね」


 転移して谷口の背後に回った正人はナイフを突き出す。心臓を刺したときと同じく黒い霧は簡単に突破でき、刀身が右腕に刺さる。


 血は出なかった。痛みを感じているようにも見えない。


 ぐるりと首を半回転させた谷口は口を開いた。喉の奥からチロチロと小さな火が見える。


「ブレスッ!?」


 距離を取るのではなく、とっさに防御スキルの『障壁』を使ったが黒い霧によって消されてしまう。これが悪手だった。炎のブレスが正人を襲う。


 皮膚や服だけでなく、肺まで焼かれてしまい呼吸ができない。『苦痛耐性』が発動しているのに意識を失いそうな痛みを覚え、ナイフから手を離して後ろに下がる。転移スキルを使うには集中力がたりない。逃げられそうになたいめ、正人は方針を転換する。


 ――自己回復。


 炎によって焼かれた肉体が癒やされるが、ブレスが続いているのでまた焼かれてしまった。


 炎によって酸素が消費され、呼吸困難になりかけている。今回ばかりは分が悪い。このままでは窒息によって気絶して焼き殺されてしまう。


 勝利まであと少しという所までたどり着いた谷口ではあるが、横っ腹に大きな衝撃を受けて吹き飛んでしまった。電柱に頭をぶつけて骨が砕ける。


「大丈夫ですかっ!!」


 叫んだのは拳を振り抜いた冷夏であった。正人が接近戦系のスキルであれば無効化されないと証明たため、『怪力』のスキルを使って思いっきり殴ったのである。


 追撃は里香の役割だ。


 谷口を剣で斬りつけるが、知り合いであるため急所は狙えてない。右腕を斬り飛ばして様子を見ることにした。


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