第308話 逃げたラオキア教団の信者を探しましょう

 ダメージを受けた谷口はフラフラと立ち上がる。斬り飛ばされた腕の付け根からの出血はほとんどない。赤黒い肉と骨が見えるだけ。心臓が止まっていて血が流れていないのだ。


「どうして、まだ動け…………もしかしてもう……死んじゃっているの?」


 震える声で絞り出すように里香がつぶやいた。ようやくアンデッド化している可能性に気づいたのだ。


 ついさっきまで一緒にいた目の前の存在は、自然の摂理から離れてしまい、生命を冒涜した存在となってしまった。その事実を受け止めるのに里香は若すぎた。強いショックを受けてしまい、強烈な嫌悪感に吐き気を催してしまう。目の前にいる敵が口を開いたというに動きが止まってしまったのだ。


「里香ちゃん、危ない!!」


 危険を察知したヒナタが里香を押し倒すと、炎の渦が二人の上を通過した。ブレスを吐いたのである。


 アンデッド化が進んでしまい、谷口の理性は消失して『精神支配』による命令すら吹き飛んでいる。里香を追撃することはなく、もっと食べやすい獲物を探すために跳躍すると、半壊しているブロック塀の上に乗る。顔は空を見ていた。


「逃がさない!」


 冷夏の薙刀が谷口の腹に突き刺さるが効果はない。片腕で刀身を掴むと横に動かし、あえて肉を斬って抜け出してしまう。内臓の一部を露出させながらも、力を溜めると太ももが膨らむ。


 ――短距離瞬間移動。


 頭上に正人が出現した。落下のタイミングにあわせてナイフを突き出し、谷口の額に刺さる。二人は絡まり合いながらブロック塀から落ちて、地面に衝突した。


「ガハッ」


 肺から空気が出てしまい正人の呼吸は一瞬止まり、生物としての活動を停止している谷口が先に立ち上がる。


 少し様子がおかしかった。


 追撃する絶好のチャンスなのに動かないのである。それどころか涙を流し始めた。この一瞬で、急接近した里香は剣を振るって片足を切断。ヒナタはレイピアで胸の中心を突き刺して、偶然にも急所である魔石を破壊してしまう。電池が切れた人形のように力が抜けて倒れてしまった。


「谷口さんっ!!」


 呼吸の整った正人が駆け寄った。


 瞳には理性が戻っているように見えるが、しゃべることはない。体はアンデッドのままだ。


「すぐに直します! お願いだから死なないでくださいッ!!」


 致命傷を受けても、そして変質化しても『復元』なら何とかなるかもしれない。僅かな希望にすがり正人はスキルを発動させたが、不発に終わる。体内から発生している黒い霧がスキルを無効化させてしまったのだ。


「どうして、どうして!! 早く谷口さんを助けなきゃいけないのに!」


 涙を流しながら何度も『復元』スキルを発動させるが、変化は起きない。仮に効果を発揮したとしても生者に戻れなかっただろう。スキル『クリエイトアンデッド』を使われたときから、彼の運命は決定的なものになってしまったのだ。


 痛々しい姿を見て里香たちは、かける言葉が見つからず、立ち尽くしている。


 足から谷口の体は土塊になっていて、後数秒もすればこの世から完全に消え去ってしまうだろう。そんな最後の瞬間に奇跡が起きた。声は出せずとも口が動く。


 ――楽しかった。


 谷口は探索者として大成することはなく、生活のために引退して探索協会の職員として働いていた。使い捨ての駒として便利だったため、汚れ仕事も回ってきた。両手は他人の血で真っ赤に染まっている。生きるために多数の屍を作り出してきたのだ。


 楽しい、幸せだと思える時間は短く、苦痛の方が長い。


 そんな人生ではあったが、正人と出会ってからはすべてが変わった。


 日本で最も優れた探索者のサポートをして人類の役に立てている、と仕事に誇りが持てるようになったのだ。仲間に自慢できる働きをしている。そういった充実感があったので、渋谷が襲撃された際は、クビを覚悟してヘリコプター内で協会に大声で文句も言えた。


 探索者としてデビューした手の頃に見た、夢のような時間だった。


 急造のアンデッドでは声を出すことはできないが、優しく手を握る正人にはしっかりと伝わったことだろう。


「谷口さん、お世話になりました。仇は必ず討つので安心して休んでくださいね。お疲れ様でした」


 体は土に戻り頭部しか残っていない谷口は何も言わず微笑むと、砕け土に戻った。


 死体すら残らない。スキルで変質されられた谷口は実体を持たないモンスターと同じ最後をたどったのである。


 手に残った土を強く握った正人は里香たちを見る。


「逃げたラオキア教団の信者を探しましょう」

「正人さん……」


 表情は普通だ。何も変わってないが、内心で怒りが渦巻いていることに気づいていた。


「里香、行こう」


 今はそっとしておこうという冷夏の気づかいによって、手を引っ張られて離れていく。


 一人になった正人はスマホを取り出して豪毅に通話する。


「谷口さんが精神支配されていて、モンスター化したので消滅させました」

「……ラオキア教団のやつらは、人間をモンスターにすらできるのか」

「ええ。この目で見たので間違いありません。この仕事が終わったら本格的に潰しましょう。協力してください」

「すぐに動けるよう準備しておく。そっちも頼んだぞ」

「もちろんです」


 豪毅にとって都合の良い展開になっていると分かっているが、それでも正人はラオキア教団を一日でも早く潰すため、手を組むことに躊躇することはなかった。


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