第306話 貴重な物を踏んで何をする気ですか?

 正人は宿泊しているホテルを出て、谷口が指定した裏通りに入った。道幅は細く、人通りはない。陽は完全に落ちていて、チカチカと点滅する薄暗い街灯の明かりだけが頼りだ。そんな場所に谷口はラオキア教団を捕らえ、腕の関節を動かせないように地面に押さえつけていた。


 電話で呼び出された正人は二人の姿を見つけるとスキルを使う。


 ――暗視。


 視界が昼間のように明るくなった。周囲に人影はない。ラオキア教団はフードをかぶっていて表情までは見えないが、谷口は逃がさないよう厳しい顔をしていた。精神支配されているようには見えないが、特定の行動を取らない限りは本人の意思で動いている。魔力視で体内にある魔力の乱れを調べたが、今は変化がない。サポート役として本気でラオキア教団の信者を捕まえようとしている。


 ――索敵。

 ――地図。


 スキルを使って周囲を調べると、脳内の地図に無数の青いマーカーが浮かんだ。人が多すぎてスキルが役に立たない。かろうじて裏通りの近くに三つの塊――里香たちの存在が確認できる程度である。他はマーカーが重なり合っていて一般人なのか、それともラオキア教団の関係者なのかすらわからなかった。


 片手にナイフを持ち、私服の正人はゆっくりと谷口に近づく。


「その人がラオキア教団の信者ですか?」

「召喚のカードを持っていたので間違いないかと」


 谷口は電柱の裏に視線を向けた。スキルカードが落ちている。裏返っていて絵柄は見えなかった。


「一応、確認しますね」


 先ほどの発言が本当なのか気になった正人が電信柱に近づくと、取り押さえられているラオキア教団の信者は暴れ出した。


 レベル持ちの谷口が押さえているのに抜け出しそうだ。


「お前にたちには渡さない!!」

「黙れ!」


 大人しくさせるために谷口が信者の頭を殴りつけた。勢いよく地面にぶつかり、脳しんとうで気絶する。手足から力が抜けるとピクピクと痙攣しはじめ、口から泡を出した。


「やりすぎです。彼、死んでしまいますよ」

「逃がすよりかはマシです」

「そんなこという人だったんですか?」

「職場の同僚が何人も殺されているんです。恨んで当然じゃないですか」


 魔力の乱れはない。正人からすると本心を言っているように見える。


「ですが、生きていてもらわないと困ります。回復させるので離れてください」


 渋々といった感じで谷口は信者から離れて端による。


 襲ってきてもすぐに対処できるよう、警戒しながら正人は信者の近くでしゃがみ、脈を測る。ドクドクと動いていた。死んでなければスキルで回復させられる。内心でほっとしながら『復元』を使用したら、近くで足の動く音がした。


 正人が振り返ると、谷口は電柱の近くに落ちていたスキルカードを踏みつけていた。


「貴重な物を踏んで何をする気ですか?」

「大教祖様の望む世界を作るのです」


 体内の魔力が大きく乱れた瞬間、スキルカードが消える。谷口が覚えたのだ。


 ――精神支配。


 会話して目が合っていた正人の中に異物が侵入する。心の隙間に潜り込み、大教祖の言葉を埋め込まれる。


『地球人を滅ぼせ』


 社会に恨みを抱いた人たちが設立した教団のトップとは思えないほど、感情のない声だった。全身から力が抜けて思考に霞がかかる。とっさに『復元』のスキルを使用したが、数秒単位で変化する精神に対して「元」を定義するのが難しく、効果を発揮しなかった。


 谷口が目の前に立ち、頭を掴んだとしても抵抗する気力が湧かない。


「地球にいる人々をすべて殺しましょう。手始めに鳥人族と協力して北海道を支配しなさい」


 絶対に否定したい言葉ではあるが、どうしても従いたいと思ってしまう。心に入り込んだ大教祖の言葉が正常な判断を妨げる。強い破壊衝動に身を委ねたくなった。辛いことを忘れるために、すべてを捨ててしまおう。正人の心が折れる、その瞬間、スキルが発動した。


 ――状態異常耐性。


 肉体・精神関係なく正常な状態に戻すスキルだ。『精神支配』の影響も例外ではない。忍び込んだ大教祖の言葉はスキルによって消滅して、効果がなくなる。正人の意識が戻った。


「精神支配とは恐ろしいものですね。あれは個人で抗えない。使われてしまった谷口さんには同情しますよ」


 耐性のスキルを持っていなければ、正人ですら意のままに操られていた。レベルが高かろうが、それを無視してくる。格上や格下なんて関係ない。人に近しい精神さえあれば、抵抗できないと嫌でも分かってしまったのだ。


「なぜ効かない?」

「答える必要はありませんね」


 立ち上がるとナイフを構える。戦いの気配を察した里香たちも駆けつけ、谷口を取り囲んだ。


「やっぱり谷口さんは……」


 冷夏の言葉は、正人が首を横に振ったことで否定されてしまう。


「大教祖によって精神支配を受けている。話し合いでは解決しない。できれば拘束したいな」


 それが難しければ殺すしかない。覚悟を決めて欲しい。そういった意味が込められた。


 隙を見つけたと思ったのか、谷口の腕が僅かに動く。


 ――エネルギーボルト。


 光の矢が彼の足下の地面に刺さった。


「動かないでください。抵抗しなければ命は取りません」

「君はこんな時まで優しいな」

「谷口さんには色々と助けられましたからね。これからもずっとサポートして欲しいんです。今ならまだ間に合います。降伏してくれませんか?」

「…………最期にそう言ってもらえて嬉しかったよ」


 探索者として大成できず探索協会でも下っ端として働き評価されない人生だった谷口は、日本で最も有名な探索者に認められて心が満たされた。


 それは一瞬だけ、大教祖の支配に抵抗出来るほどである。


「大教祖は鳥人族と手を組んで――」


 話している途中で、谷口は顔を歪ませて頭を押さえる。唇は震えていて目の焦点は合っていない。汗が浮き出て顔色が青ざめると、膝をついてから倒れてしまった。


 無理して支配を抜け出そうとしたため、精神を破壊されてしまったのだ。



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