第327話 正人……さん……

「姿が見えない……どこに行った?」


 正人は大教祖が隠密系統のスキルを使って隠れているかもしれないと警戒を続けている。『索敵』スキルに集中し続けているが、マーカーに動きはない。一分、二分……五分と調べていても変化はないため、逃走したと判断してから倒れている里香たちの所にまで移動をした。


 精神支配されてしまった三人を放置できない。


 今は気絶しているので動いてないが、目を覚ませば正人を襲うだろう。


「何度も私の仲間に手を出したな……許せない……」


 谷口の死が正人の心をえぐる。すぐにでも探し出してこの手で責任とらせたい。憎しみが精神を犯してくるが、倒れている三人の存在が引き留めてくれる。


 受けた傷は治りかけているが完治はしていない。意識のない里香たちに『復元』のスキルを使ってから、横に並べると周囲を警戒しながら正人は目をつぶった。


 思い出すのは大教祖が使用していた『スキル無効化』だ。スキルの魔力の波動と対になる魔力を発して効果を中和する能力があるとわかっている。繊細な作業が求められるため、時間のかかる作業だ。


 正人は精神支配のスキルの波動を感じようとするが、人の魔力と絡み合っていてわかりにくい。じっくりと観察を進める。


「うん……っ」


 時間をかけすぎて里香が意識を取り戻そうだ。起きる前に対処しなければならない。試しに正人は『精神支配』の波動を似せた魔力を放つ。皮膚から体内に入り込んでいくが、三人の『精神支配』は無効化されない。あと少しというところで波動が変わってしまうのだ。スキルの防衛本能ともいえる動きのパターンを解析するには、もうしばらく時間がかかる。


「正人……さん……」


 時間をかけすぎた。里香は目覚めると意識がもうろうとしたまま腕を伸ばしてくる。正人はスキルを無効化させるために動けず、首を絞められてしまう。


 血管が押さえつけられて脳に酸素が届かなくなる。息が詰まり意識を失いかけるが、それでも正人は抵抗せずに魔力の波動を調整している。


「……殺…………し……」


 急に首を絞める手から力が抜けた。咳き込むのを我慢しながら正人は里香の様子を見る。腕は震えていて涙を流していた。脳内から直接ささやいてくる大教祖の声に抵抗しているのだ。


 何度も『精神支配』を使われていたら不可能ではあったが、一度だけの使用であれば強い意思で命令に逆らえる。それでも並大抵の精神力では屈服していたであることから、里香の正人を思う強さが伝わってくる。


「ごめんね。こんなことをさせてしまって……」


 ようやく魔力の波動の調整が終わった。謝罪の言葉と共に正人は魔力を流し込み、精神を汚染している魔力を中和していく。乱れていた心が戻っていき、脳内に響いていた大教祖の声が薄れていった。


 全力でスキルに抵抗していた里香は、『精神支配』から解放されたことで力尽きてしまった。安心するのと同時に眠りにつく。


『スキル無効化・改、自身もしくは接触している生物に影響するスキルを無効化する』


 大教祖が使っていたのは自身のみに影響する『スキル無効化』だ。他者を助けようとした正人はその上位バージョンを覚えたのである。先ほどまでは自身で魔力の波動を調整していたが、スキルによるサポートを得られることによって即時に完了する。冷夏、ヒナタは眠っている間に『精神支配』が解除されて元に戻ったのである。


 また今後、精神を操ろうとしてきても正人さえいれば解除は可能となり、ラオキア教団の動きは大きく制限されることとなるだろう。さらにスキルを無効化した相手の記憶は残ったままである。謎に包まれている教団の解明は大きく進む。大教祖は劣勢に立たされたことになったのだが、正人はこれで終わらせられるとは思っていない。


 異世界からやってきた人間が関わっている組織だ。次の一手や二手があっても不思議ではない。あっさり撤退したことも気になる。正人は多くの懸念を抱えながらも地下二階層で一晩を明かし、三人が目覚めると大教祖に『精神支配』されていたことなどを伝え、今後の方針を決めるために話し合いを始めた。



◇ ◇ ◇



「先ずは現状について整理したいと思う。私たちは探索協会からは鳥人族の目的や戦力を探って欲しいと依頼を受けていた。尋問した結果、目的についてはほぼ明確になっていて北海道の一部地域もしくは全域を攻略することを計画している。また鳥人族の戦力についてはある程度は把握して壊滅させたけど、ダンジョンの三階層、四階層にもいるかもしれない。敵戦力の把握はもう少し調べても良さそう、というのが現状だね」


 三階層以降にも鳥人族がいる可能性はあり、またダンジョンの最下層にゲートが再び開かれているようであれば、鳥人族の増援も考えられる。戦力を正確に把握するのであればさらなるダンジョン探索は必要だ。


 しかし今、持っている情報だけでも報告する価値は充分にある。


 一時撤退というのも悪くはない案であった。


「私はダンジョンの奥深くへ進む準備をするため、一度戻りたいと思っているんだけど、皆はどう思う?」


 正人は三人を見る。里香が手を上げると意見を口にする。


「補給の問題があるので鳥人族の拠点は深い階層にまあるとは思えません。三階層まで行って何もなければ戻るというのはどうでしょうか?」

「なるほどね。確かに里香さんの意見はよさそうだ。他に意見はある?」


 双子に向けて視線を向ける。


 ヒナタは姉の腕を突っついて任せると伝えて意見を言うのを放棄していた。





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