第92話つまんない男~

 落とし穴からの救出が終わると、正人たちは次の行動方針を検討していた。


 復元のスキルについては冷夏に口止めをして誰にも伝えていない。ユーリや川戸、美都にスキル昇華の存在を知られたくないためだ。


 索敵スキルで周囲にアイリスたちがいないことは分かっている。別の場所に移動しているのは明らかだ。朝になるにはまだ時間があるので、ダンジョンの外に逃げているとは考えにくい状況であった。


「あいつのスキルは、他人まで透明に出来ると思うか?」


 ユーリのつぶやきに正人が答える。


「それが出来ていれば、車を奪い取る必要はなかったのでは? 透明化の効果は使用者本人のみと考えていいと思います」

「そうだな。あの時の状況を考えれば、そういった制限があると考えた方が納得できる……」


 透明化のスキルが他人にも使用できるのであれば、ユーリから逃げて裏路地まで移動したとき、スキルを使って姿を隠せば良かったのだ。そうしなかったのであれば、本人にしか使用できない制限があると考えるのが自然だ。


「他にも攻撃時に姿を現したことから、激しい動きをすると効果が切れるといった制限もあると思います」

「そうだな」


 透明化の制限を考慮した結果、上層は応援に駆けつけた探索者や警官の力を頼っても問題ないと、ユーリは結論を出す。


「この下はボスがいる階層だ。沖縄ダンジョンに初めて入ったアイツらがそこに向かうとは考えにくい。上は他の探索者に任せて、可能性が高い四階層を引き続き探すぞ」


 反対する者はいなかった。全員がうなずく。


「それでは、また私が先頭を歩きます。索敵スキルで逃げた女性を、罠感知スキルでダンジョン内のトラップを調べるので、前には出ないでくださいね」

「わかった。先頭は任せた」


 落とし穴に落ちたのに怪我一つない正人に疑問をもっていたユーリだが、話を進められてしまったので、この場での追求は諦めて提案を受け入れた。


 犯人を捜索するために正人はすぐに歩き出し、ユーリや里香たちも後に続く。


「私たちも行きましょ~」


 美都が腕を組もうとしたので、川戸は手をはたくと彼女の背中を強く押した。

 目だけで先に行けと伝える。


「つまんない男~」


 頬を膨らませてから、美都がゆっくりと歩き出す。その姿を見ながら、川戸がスキルを使った。


 ――自動浮遊盾。


 半透明の盾は周囲に浮かんだまま動かないので、攻撃の兆候はない。安全を再確認した川戸は、美都の後ろ姿を見ながら歩き始めたのだった。


◇◇◇


 正人はスキルを使いながら前に進む。脳内のレーダーには赤いマーカーがいくつか点在している。トラップもいくつか発見し、その度に踏まないようにと、後続に注意していった。


 逃げたアイリスを探して三十分が経過し、疲労が溜まってくる頃合いだ。そろそろ小休憩を提案しよう。そんなことを正人が考えていると、レーダーの端に青いマーカーが一つ浮かぶ。


 場所は通路の途中。探索者であれば普通は動いているはずなのだが、マーカーは止まったまま。しばらく様子を見ても動かない。明らかに通常とは違うため、正人はアイリスだと判断した。


「逃げ出した女性らしき存在を確認しました。追います」


 索敵スキルの範囲外に逃げられないようにと、急ぎ足で目的の場所に向かう。するとまだ距離があるというのにマーカーが移動して、また有効範囲ギリギリの場所で止まった。


 まるで誘い込むような動きだ。追跡している自分たちが近くにいるのを分かった上で、何か企んでいると正人は予想する。


「追われていることに気づいてますね」

「スキルか? いや、違う。音か」


 洞窟内に響く靴音を聞いて、アイリスは正人たちの位置を把握していた。さらに地面に耳をつけて、動きや距離も把握している。


 普通なら気づかれずに後を追うのは難しい状況なのだが、正人には隠密のスキルがある。一人であれば、足音を殺して近づくことも可能だ。


「スキルで気配を殺して、先行することも出来ます。行きましょうか?」

「……いや、止めておこう。各個撃破を狙っている可能性がある」


 隠密のスキルを使っているとはいえ、戦闘能力が不明確な犯人を一人で追跡させるのは危険だ。


 有用なスキルをいくつも覚えている正人を失ってしまえば、仕事の成功率は大きく下がる。いや、ほぼ失敗と言っても過言ではない。そんなリスクを背負うぐらいなら、一緒に行動した方が良いと判断したのだ。


「あの女は、俺たちをどこかに誘導したいのだろう。案内してもらおうじゃないか。罠なら食い破ってやる」


 好戦的な笑みを浮かべたユーリに、正人は反対するつもりはなかった。


「分かりました。一緒に行きましょう」


 最悪、覚えた全てのスキルを使えば、大抵の困難は乗り越えられる。そんな考えもあって、正人は反対しなかった。他のメンバーは特に意見はないため、素直に従うことにする。


 正人が再び歩き出すと、その後もマーカーは一定の距離を保って移動をして、小部屋に入ると止まった。そのことを周囲に報告してから、さらに正人は先に進む。追跡すると決めた以上、立ち止まる必要はないのだ。


 モンスターを避けながら奇襲を警戒し、ペースを落としながらも歩く。一度も戦うことなく無事に部屋の前に着いた。


 奥にはアイリスが立っていた。その目の前の床には黄色いモヤ――罠があり、さらに天井にも同じようなモヤの存在が確認できた。またトラップに引っかからないようにと、正人は周囲に状況を伝える。


「部屋の天井と女性が立っている前にトラップがあります」

「またダンジョンのトラップを使うつもりか? ワンパターンだな。バカなのか? いや、それだけ焦っていると考えた方が良いか……」


 作戦を考える時間はなく、追い詰められているのであれば、行動は単調になる。今度こそ上手くいくと考え、何度も同じ作戦を採用するとはよくあるのだ。


 透明化のスキルを使ったハリーが近くにいないか警戒しながら、ユーリは部屋の中に入る。川戸と美都を残し、正人たちも後に続いた。


「川戸ちゃん。私たちはここで待機でしょ。仲良くしましょ~」


 誰もいなくなったことを良いことに、美都は脱力させるような声を出しながら、再び川戸の腕に絡みつこうとした。


「お前と仲良くするつもりはない」


 鬱陶しそうに振り払うと、無視して部屋と通路をつなぐ出入り口の前に立つ。


 この部屋は行き止まりだ。透明化した男が通ろうとすれば、足音もしくは床の動きで気づける。美都の子守をするだけではなく、戦う仲間を静かにサポートする。誰にも注目されないが、パーティーメンバーとして心強い姿を見せていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る