第91話忘れなきゃ
「正人さーーーん!」
名前を呼ばれた正人が顔をあげると、里香やヒナタ、ユーリたちの姿が見えた。
穴をのぞき込んでいてロープを垂らそうとしている。
「あの……ごめんなさい」
助かる可能性が出てきたことで、気持ちに余裕が出来た冷夏が謝罪の言葉を口にした。
沖縄ダンジョンには罠がある。その事実を忘れて目の前の獲物を追いかけた冷夏たちは、軽率な行動だったと非難することも出来る。
しかし、落ち度があるのは正人も同じだ。
ダンジョンの罠に気づけてたのに、警告が遅かった。もし、罠の存在をもう数秒早く伝えることが出来たのであれば、このような事態には陥ってなかっただろう。
「ミスをしたのは私も同じだから、冷夏さん一人の責じゃないよ。次からは気を付けようね」
「は、はい!」
返事をすると共に、同じようなミスは絶対にしないと、冷夏は強く心に刻み込んだ。
会話が終わりしばらくすると、ロープが近づいてきた。
もうすぐで手に届く。あとちょっとで助かる。
二人が同じ気持ちになったとき、パキっと乾いた音とともにナイフ周辺の壁が剥がれた。
「あああぁぁぁぁあああ!!」
二人とも宙に投げ出されてしまた。正人は、もう一度ナイフを壁に突き立てたが、今度は刀身が折れてしまう。頑丈さが売りのアダマンタイトとはいえ、二度の衝撃には耐えきれなかったのだ。
重力に従って落ちていく。正人は冷夏を守るように抱きしめて下になるが、地面に生えた地位メートルはある槍のような細いトゲにまとめて串刺しにされてしまった。
「ッッッ!!」
正人の腹を突き抜け、冷夏の脇腹に刺さって止まっている。
幸いなことに冷夏は落下の衝撃で気絶していたため、痛みを感じずに済んでいるが、全身傷だらけだ。脇腹からは血が流れ出ていて、長くは持たない。仮に止血できたとしても、ダンジョンから出て病院院に駆け込む前に死亡するだろう。
「このままだと冷夏さんが死んでしまう」
落とし穴から抜け出すにしても怪我を治療する必要があるが、正人はその手段を持ち合わせてはいない。ないのであれば、創るしかなかった。
思い出すのはダンジョンで死体を操作していた探索者の姿。彼は死体操作の他に、回復スキルも所持していた。その名前は復元。“あるべき形に戻す”という驚異的な効果を発揮するスキルだ。
自宅で何度試しても覚えられなかったが、それを言い訳にして諦めるわけにはいかない。この場で成功させるしかないのだ。
記憶の奥底に眠る魔力の動きを思い出し、再現しながら冷夏に使う。
一度目は失敗してしまい、スキルは覚えられなかった。痛みによって集中出来ないのだ。先ずは腹に刺さっているトゲを抜き取り、自らの体を回復させなければならない。
だが、一つ問題がある。
衝突からかばうために正人が下敷きになったため、腹に刺さった槍のようなトゲを抜き取るのであれば、冷夏を先にしなければならないのだ。
トゲを抜いてしまえば出血量は激しくなる。既に顔が青白くなっている冷夏は、正人がスキル習得する前に死んでしまう可能性が高いのだ。
(上がダメなら下を作ろう)
正人は残ったもう一本のナイフを握ると、スキルを使う。
――短剣術。
刀身が淡く光ったナイフを、腹を突き刺しているトゲに振り下ろす。
「ッッッッ!!」
振動によって痛みが膨れ上がり、全身から汗が噴き出た。
意識が遠のきそうになるのを必死につなぎ止める。
スキルの使用は継続したまま、さらにもう一度トゲに攻撃する。
ピシリとヒビが入った。
さらに、二度、三度と痛みに耐えて続けると、ついに根元から折れた。
地面に落ちた衝撃で正人の腹からトゲが抜ける。冷夏は刺さったままだが衝撃と痛みによって目が覚めた。
「痛ッ……」
顔をしかめながら、冷夏は視線を腹に向ける。脇腹にトゲが刺さったまま、血が流れていた。視界がかすみ、全身から力が抜けていく。もうすぐ死んでしまうと、嫌でも理解してしまった。
「助けるから、大丈夫だよ」
絶望した表情をした冷夏に、正人は優しい声で話しかけた。不思議と恐怖が薄れる。今まで助けてもらった経験から、自然とその言葉が受け入れられたのだ。
「それなら……安心……ですね」
話しかけながら自らの傷を治した正人は、横たわっている冷夏の前でしゃがむ。横腹に優しく手を置いて、魔力の動きを再現する。怪我に働きかけるように魔力を集め、正人の元に戻って欲しいと願う想いが、スキルの再現をアシストする。
『復元:ものをあるべき形に戻す』
スキルを覚えた達成感を喜ぶ暇はない。すぐに使用する。
――復元。
冷夏の横腹に刺さったトゲを押し出すようにして、穴が塞がっていく。それだけではなく、全身の打撲傷や貧血まで瞬く間に治ってしまう。あるべき姿に戻す。その説明に恥じない、すさまじい効果を発揮したのだった。
「痛く……ない?」
起き上がった冷夏は脇腹を触る。
身につけていた鎧には円形状の穴が空いており血がこびりついているが、露出した肌は綺麗なままだった。トゲが刺さっていた傷跡は残っていない。
さらに失血による意識の混濁も治っているどころか、体の調子は良い。今すぐにでも戦闘できるほど気力、体力が戻っていた。
「助けられて良かった」
安堵した正人は力が抜けて仰向けに倒れる。
「ありがとうございます」
お礼を言われると、正人は顔を動かさずに手を軽くあげて答えた。
冷夏は立ち上がって体の状態の確認をしていると、念話(限定)のスキルを使ったヒナタから連絡がくる。
(お姉ちゃん! 大丈夫ッ!?)
(うん。元気だよ。正人さんもね)
(そっか~。良かったーーー!!)
冷夏にはヒナタが目に涙を浮かべて叫んでいる姿がイメージできた。生き残って良かったと、改めてそう実感するのだった。
(もう一回、ロープを下ろすから掴まってね!)
(うん。わかった)
スキルの使用を終了させると、冷夏は正人を見る。
「ヒナタから連絡がありました。ロープを下ろしてくれるそうです」
「了解。今度こそ上に戻れそうだ」
仰向けに寝ている正人の視界に、ロープが垂れ下がってくるのが見えた。結び目がいくつかあり、数本のロープを一本にしているのが分かる。しばらく待っていると、落とし穴の底にまでとどいた。
「掴まってください! 引き上げます!」
里香の声が聞こえると正人は起き上がり、冷夏を見た。
「だって。行こうか」
「はい」
薄く微笑んだ冷夏に、正人は一瞬だけ目を奪われる。
その事実を忘れるかのように急いでロープを握ると、正人は数メートルほど登る。冷夏も後に続いた。
「いきます!」
「頼んだ!」
四人がゆっくりとロープを引っ張ると、少しずつだが上がっていく。
上を見る冷夏の視界には正人がいる。親友でもある里香と同じように、死の淵から助けてもらった。今は、感謝や迷惑を掛けてしまったという申し訳なさが勝っているが、強い感情の裏で恋心にも似た好意が芽生えたのを感じていた。
「忘れなきゃ」
自分は友情を取る。そういった決意を含んだ言葉をつぶやいてから、冷夏は目を閉じる。里香たちと合流するまで、その状態は続くのだった。
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※復元のスキルに関する設定は、電子書籍版をベースに書いています。
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