第9話面談お願いします

 放課後、烈火と里香は制服のままカフェに入った。むろん高校生活を彩るようなデートではない。手はつないでないし、お互いに会話もない。やや距離が離れているので、他人だと思えてしまうような立ち位置だ。


 お互いに嫌っているわけではないのだが、今まで話したこともなければ、関わろうと思ったことすらないので距離感に悩んでいるのだ。


 注文したドリンクを店員から受け取ると、気まずい空気のなかソファーの席に向かっていく。


「こっち、こっち」


 先に到着していた正人が手招きした。外の熱気で温まった体を冷やすため、アイスコーヒーを飲んでいた。グラスの中身はほとんど残っていない。「こんにちは」と言いながら、正人の右隣に烈火、正面に里香が座る。


「彼女は里香、俺のクラスメイトだ」


 世間話もせずに、烈火が紹介をする。


「はじめまして。立花里香です」


 いきなりの出来事だったので里香は驚きながらも、やや上ずった声であいさつをした。


 てのひらに汗が浮かんでくる。拭いても止まらない。一緒にダンジョンで探索する仲間としてふさわしいか、面談をすると言われて緊張しているのだ。


 ほかに伝手のない里香にとって正人との面談は最後のチャンスであり、絶対に逃すことはできない。何が何でも食らいつくつもりで、この場に臨んでいた。


「はじめまして。烈火からすでに聞いているかもしれないけど、兄の神宮正人です。苗字だとややこしいと思うので下の名前で呼んでください」


「それでは私も同じように、名前で里香と呼んでください」


 お互いの素の状態をしっている烈火は、他人行儀の二人を見てニヤニヤとしていた。声を出して笑わない程度の気づかいはできているが、正人にっては邪魔でしかなかった。目線で注意すると、烈火はしゅんとしてしまった。


 邪魔者がおとなしくなり再び里香を見る正人。髪はやや短く、活発的な印象があった。スカートから見えた足や半袖のシャツからのびる腕を見れば、引き締まった筋肉が見える。体の線は細いわけではなく、それなりに体を鍛えていることが見て取れた。


「まず初めに私のことを話しますね。二ヶ月ぐらい前かな? そのぐらいに初めて東京ダンジョンに入って探索を始めました。ずっとソロで活動していて、今は三層まで一人で行ける程度の実力はあります。レベルは一、獲物は大型のナイフ。基本的に奇襲から戦闘を仕掛けることが多いですね。とはいえ、正面から戦うのが苦手というわけではありません。ゴブリン程度なら五匹同時でも無傷で切り抜けられます。あ、そういえば一度もケガはしたことがないな……運が良いも付け足していいかもしれませんね」


 一度に説明された言葉を、脳内で一つ一つ丁寧にかみ砕き、理解していく。里香は、ゆっくりとだが内容の異常性に気づいた。


 先ず、ソロで活動してケガをしていないことだ。あははと、照れ隠しのように笑っているが、笑い事ではない。断じてそんな軽い扱いをして良いわけではないのだ。


 ソロで活動している探索者の内、約半数が一ヶ月以内に大きなけがを経験している。特に二層以降はケガの比率は多くなる。切り傷といったケガなどであれば、ほぼ100%だ。正人のような存在は1%にも満たない。特にナイフといったリーチの短い武器で、この結果は驚くべきことだ。


 なぜ里香がこのような常識を知っているかといえば、総務省が発表した統計データを発表しているからだ。数字に基づく事実から、正人の異常性があらわになる。


 クラスメイトの兄弟であれば、一から探すよりマシだろう程度にしか思っていなかった里香だったが、実際に会ってみると良い意味で予想をくつがえした。頼りになる探索者だったことに驚きを隠せないでいる。


 たった二ヶ月で三層までたどり着くという攻略スピードも魅力的だ。平均より早い。さらに人数が少ないので報酬の方も期待できる。もちろん三層では、凄腕とはいえないが、半年、一年後を見据えると評価は高くなる。


 そういった計算が終わると、里香は高まる心臓をなだめつつ口を開いた。


「運がいいなんて……すごい実力。ソロで活動しているのが不思議です。引く手あまたでは、ないんですか?」


「うーん。どうなんだろう? すごいと言われても、あまり実感がないなぁ。ソロで活動しているのは、知り合いがいないから。ネットで募集するのは怖いし、それなら一人の方が気楽だと思って、ずっと活動してたんだよね」


 話しているうちに、正人の緊張がほどけて口調が砕けていく。里香が興味深く聞いてくれることで、正人の人見知りが薄れてきたのだ。空気がゆるみ口調も自然と軽くなっていく。そういった雰囲気に感化された里香は、笑顔が少しずつ増えていく。


「自慢してもいいぐらいの結果ですよ!」


「え? そうなの?」


「そうなんです。私、ネットで調べたんで間違いないです」


 十六歳になってすぐに探索者の免許は取得したが、すぐにダンジョンで探索するようなことはせず、情報収集を積極的におこなっていた。とはいえ、女子高生にできることは限られている。SNSを駆使して、有名・無名問わず探索者のアカウントをフォローし、企業が提供している情報、ニュースを毎日欠かさずチェックするぐらいだったが、それでも自然と気づくこともある。


 その一つに、探索で大けがを負ってしまい、復帰することなく転職してしまう人が珍しくはないことが挙げられる。「これからダンジョンに入るぜ!」と投稿した数日後に「探索者辞めます」といった投稿されるパターンが多い。戦い方を学んでない、武器を用意していない、周囲の警戒を怠っていた……原因は様々だが、探索者を辞めてしまうことに変わりはない。


 そういった意識の低い探索者を知っている里香は、正人が輝いて見えた。


「次は私が聞いてもいいかな?」


 里香はうなずき、言葉を待つ。


「烈火から少しは話を聞いている。探索者の免許を取ったけど、ダンジョン探索は一度もしたことがない。剣術を学んでいる……で、あってるかな?」


「はい、片手剣を使っています。現役の探索者と腕試しをしても良い勝負ができるので自信は……あります」


「なるほど。その歳で免許を持っているってことは、両親からの許可は下りているんだよね?」


「施設で育ったので正確には保護者になりますが、許可は出ています」


「あ、なるほど。そういうことか」


 正人がずっと感じていた疑問が一気に解消された。


 現在の日本は超を何回繰り返せばいい分からないほどの高齢化社会だ。二十歳以下の若者は圧倒的に少なく、労働力の低下が問題視されている。日本政府は、苦肉の策として高校生から働くことを推奨することにしたのだ。


 血の繋がった両親がいたら反対するような危険な職業も、市が運営している施設に保護されている人であれば、すんなりと許可は下りる。国の方針には逆らえないのだ。


「そういうことです。仮に私が死んでも文句を言う人はいません」


「死ぬことまで覚悟しているんだ。なぜ、そこまでダンジョンにこだわる?」


「…………あと二ヶ月で出ることが決まっているからです。予算が縮小されて、自立できる人は出ていく方針に変わったので」


 里香の抱える問題の本質がここにあった。超高齢社会のもう一つの問題。それは予算の配分だ。高齢者向けの施策ばかりにお金が回され、将来国を支える若者への予算は削られていく一方で、高校生から働くことを推奨されているのと合わさって、施設から追い出されることも多い。


 早めに自立して、一人で生きていく術を身につける。


 そんな暴論がまかり通ってしまっている。


「そこまで決まっているのだったら不安定な探索者ではなくアルバイトにしたほうがいいのでは?」


「この前出た高齢者優遇施策が……」


「あッ」


 さらに一つの法案が通ったことで、さらに里香は追い詰められていく。


 アルバイトといった簡単な作業は高齢者を優先する施策。今世紀最大、世に名高い悪法だ。

 これにより肉体労働をのぞくアルバイトは、高齢者を優先して雇うことが義務づけられた。政治家が一票でも多く獲得しようとした優遇施策であり、若者の絶望と共に日本に広がった。


 施設を追い出され、自立するためにお金を稼がなければいけない。だが身近なアルバイトは高齢者に独占されている。残るは肉体労働しかなく、里香はその中でも成功すれば見返りの大きい探索者を選んだ。


 そんな状況を知って、お願いを断れるほど、正人の心は強くない。


 一緒に戦う仲間が増えると、試練を乗り越えるのが遅れてしまうが、逆に安全にはなる。里香は剣術を学んでいる。素人でなければ、試す価値はあるだろうと判断を下した。


「分かった! それじゃ、お試しで何回かダンジョンに入ってみようか。相性が良ければ続ける、そうじゃなければ解散でいいかな?」


「ありがとうございます」


 里香は涙ぐんでいた。


 プライドを捨てて、クラスメイトにまで秘密にしていた事情を全て話し、ようやく収入を得る機会が手に入ったのだ。

 スタート地点に立っただけなのは理解しているが、それでも安堵が心に広がっていくのは止められなかった。


「烈火、このことは誰にも言うなよ」


「お、おう」


 最後に正人がくぎを刺して、面談は終了となった。

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