第120話冗談でも言わないでほしいです

「あらあら、貴方が例の正人さんなのね。うちの子がお世話になっております」

「例の、ですか。失礼ですが、二人のお知り合いでしょうか?」


 初めて会った初老の女性が自分のことを知っている。しかも見定めるような視線のおまけつきだ。当然のように正人は強い不快感を覚えたが、表には出さずに営業用の笑顔を浮かべる。


 双子の知り合いということもあって、第一印象を良くしようと涙ぐましい努力をしているのだが、そういった行為に意味はない。英子にとって、正人の人柄なんてどうでもよいのだ。


「ええ、私は英子。二人の保護者をしているわ。正人さんと一緒に活動するようになってから、この子たちの稼ぎが凄く良くなったんですよ」


 重要なのは、正人が双子を稼がせてくれるか、どうか。英子は、それにしか興味はない。


「ええ、それはよかった……」


 正人は英子の拝金主義の思想に気づき、表情がこわばる。


 過去の経験上、お金がすべてだと思っていそうな人と話しても、碌な事にならないと知っているのだ。正人は早めに会話を打ち切ろうと決める。


 英子の止まらないトークに対して短く返事をして話を終わらせる準備に入るがが、予想外の言葉が飛び出して中断する。


「――でね、装備や研修、武術の習い事、いっぱい投資した分だけ、稼いでもらわないと回収できなくて困るのよ」


 投資に回収、保護者が子供に使うべき言葉ではない。少なくとも本人がいる目の前で、楽しそうに語る話題ではないのは間違いないだろう。


 今までの会話から英子の性格を把握した正人は、これから非常にムカつく話が続くだろうことは、容易に想像が付いた。


 今なら強引に話題を変えて中断することも出来ただろう。だが正人は、この保護者の元で冷夏とヒナタがどのような生活をしているのか、それを知っておく必要があると思い、あえて聞き返すことにした。


「回収ですか?」

「ええ、稼ぎはすべて私に渡してもらってるの。血はつながってないのに育ててあげてるんだから、当然よね?」


 反抗することを許さない。精神的に圧倒的な強者である英子は、威圧するように冷夏とヒナタを見ながら言った。


「…………はい」


 普段接している冷夏と同一人物とは思えないほど、か細い声で返事をした。うつむいて正人からは表情は見えないが、地面をじっと見つめて耐えている。ヒナタも似たようなものだ。姉の手を握って不安そうな顔をしている。助けを求めるような目をして正人を見ていた。


 正人はを二人を英子から助けたいと思い、無意識のうちに拳をぎゅっと強く握る。二人に直接助けを求められたわけではないが、湧いたばかりの強い気持ちは止まるはずがない。


「ねえ、正人さん」


 会話している相手の変化に気づかない英子は、笑顔のまま話を続ける。


「……なんでしょう?」

「一年で一千万は稼いでほしいの。今のペースだとちょっと物足りないから、もっと効率よく稼げないものかしら。ゲームなら、同じ攻撃をすれば敵なんて簡単に倒せるじゃない。貴方たちだって、同じことができるでしょ?」


 お前、何を言ってるんだ?


 危うく本音をこぼしそうになった正人は、英子にぶつけたい言葉を飲み込んで、その望みが叶わないことを説明する。


「効率よくと言われてもゲームのように何も考えず、機械的にダンジョンを周回すればいいってものではありません。モンスターには個性があるので、同じ種類でも戦い方を変えなければいけないのです」

「では、戦い方を変えながら効率よく稼げばいいんじゃないかしら?」

「それができればよいのですが、先ほども言った通り戦い方を変えて考えながら行動しなければいけないため、イメージされているような効率的な戦いはできないかと思います」

「うーん。それを何とかするのが、パーティーリーダ-のお仕事じゃないかしら?」

「…………」


 わかってはいたが、真正面から否定しても英子は止まらなかった。


 具体的なイメージはないまま、何とかしろと精神論を語ってくるのだから、正人は返す言葉はない。何を言っても否定されるイメージしかないのだ。遙か昔に滅びた昭和の根性論が、正人から反論する気力を奪っていく。


 相手が静かになり論破できたと思い違いをした英子は、マウントを取って話を有利に進めようとする。


「この子を成長させてくれたことは感謝するけど、そんな態度だったら保護者として許せないわ。別のパーティーに所属させようかしら」

「叔母様ッ!!」


 今まで大人しく従順だった冷夏が、声を荒らげた。

 初めて英子に反抗したのだ。

 正人を脅したこと、それが許せない冷夏は英子に詰め寄る。


「お金を収めている限り、探索業には口を出さない。そう約束しましたよね?」

「あら、怖い顔で睨まないでちょうだい。冗談よ、冗談」


 おほほほほと、笑いながら英子は先ほどの発言を撤回した。


 流石に踏み込みすぎたと、そういった自覚があったのだ。これからも従順で素直にお金を稼いでもらうために、最後の一線を踏み越えてはいけない。その程度のことを考える頭はあった。


「冗談でも言わないでほしいです」


 大人しく引き下がった英子を見て、冷夏の気持ちは落ちついた。

 一歩後ろに下がる。


 これで話が終われば良かったのだが、英子は最後にチクリと嫌みを放つ。


「気を付けるわ。でもね、私は二人の未来を案じていったの。同期の……男の子も頑張ってるんでしょ? モタモタしていると置いていかれちゃうから」

「誠二君のことですね。確かに頑張っていますが、私たちはそれ以上の頑張りと成果を出しています」

「そういう過大評価しているところがダメなのよ。私から見たら、貴方は努力していない。もっと貪欲に生きなさい」


 事実がどうかなど関係ない。英子は双子が上位の探索者だと絶対に認めない。コントロールしやすくするために、自尊心を徹底的に叩き潰し、一人では生けていけないと刷り込ませている。そういった教育を小さい頃からずっと続けているのだ。


「…………」


 冷夏は英子の言葉は否定せずに、黙ってしまう。

 自らの未熟さと嘆くことぐらいしか出来なかった。



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