第4話東京ダンジョン二層
翌日、正人は東京ダンジョンの二層にいた。
一層から土で作られた不格好な階段を下りた先にあり、木々が生茂るエリアだ。一見すると変わっていないように見える。
だが、出現するモンスターの強さは違う。ゴブリンはパーティー単位で襲ってくるようになり、景色に同化するグリーンウルフなどといった油断できない肉食動物系のモンスターもいる。
下層に行けばいくほど魔力が濃くなり、その影響で、モンスターも比例して強力になる。モンスターの変化は、ダンジョン内独自のルールによるものだ。もちろん強ければ良質な魔石なども手に入るので、リスクに見合うリターンも得られる。
普通はソロで入り込まない場所で、正人は木の上からゴブリンの様子を監視していた。
眼下にはゴブリンが三匹いる。前方に片手剣を持ったのが二匹、後ろに弓持ちが一匹。獲物を探しているようで、ゆっくりと周囲を気にしながら歩いている。
「いけるな」
緊張で喉が乾いており、かすれた声だった。
そうなってしまうのも当然。普通であれば三人以上のパーティーを組んで戦うべきところを、ソロで挑もうとしているからだ。もちろん、好き好んでボッチ活動をしているわけではない。どうしても一緒に探索する仲間が見つからないのだ。
学生の頃の友人は皆、当たり前のように大学に進学してしまい、二十歳を過ぎる頃には連絡を取ることすらなくなっていたのも理由の一つである。インターネットで募集する方法もあるが、デビューしたばかりの探索者に声をかける人間は、大きな問題を抱えていることも多く、リスクの方が大きかった。もちろん、大切な兄弟を危険にさらしたくないという思惑もあり、結果、ソロ活動を選択したのだ。
「それにね。早くレベルを上げたいし」
――レベル。
モンスターを倒した際に発生する魔力を体内に溜め込み、さらに試練を乗り越えると身体能力が飛躍的に向上することをさしている。また今までの経験がスキルとして発現することもあり、スキルカード以外で唯一スキルを手に入れられるチャンスでもある。
モンスターを倒せば魔力は蓄積される。こちらは時間はかかるがクリアしやすい条件だ。残る試練が難しい。昨日、正人が目撃した探索者のようにゴブリンを袋叩きにして倒しても、絶対に試練を乗り越えたとは判断されないのだ。
命を惜しまず、危険と隣り合わせの戦い。
これに打ち勝つと、試練を乗り越えたと判断される。
プロを目指す正人にとってレベルアップとは、必ず達成しなければいけない目標であった。
「慌てるな、もう少し待つんだ」
前衛二匹のゴブリンが正人の下を通り過ぎる。数歩遅れて弓を持ったゴブリンが真下にきた。さらに一歩、二歩と前に進んだところで――。
「今だ!」
小さくつぶやくと、木の枝から飛び降りる。着地と同時に転がり衝撃を逃がした。異変に気づいた弓持ちのゴブリンが振り返ったところで、両手に持った大型ナイフを頭と喉に突き刺す。悲鳴を上げる暇もなく、力なく倒れた。
「グガガガ!!」
「グギャギャ!!」
倒れた音で残された二匹のゴブリンが正人の存在に気づき、片手剣をかかげながら威嚇するような声を発した。
「いいぞ。正面から、やりあおうじゃないか。お前らを殺して、俺はもっと強くなる」
ペロっと唇を軽くなめてから、倒れるような姿勢で走り出した。
二匹のゴブリンが振り下ろしてくる剣をギリギリで避けて、背後に立つとくるりと反転。ナイフで延髄を刺す。硬い骨の感触が手に伝わるが、それも一瞬のこと。突き抜け、喉から刃の先端が出た。
倒れる前に背中を蹴って、最後に残ったゴブリンにぶつける。
「ギャギャ!?」
仲間に押しつぶされそうになっている隙に攻撃することも出来たが、正人はあえて何もしなかった。正面から戦うことを避けてばかりでは、試練がきたときに乗り越えられないと考えていたからだ。
仲間を殺され、頭に血が上ったゴブリンは正人に斬りかかる。そこに技術はない。子供が振り回すように無軌道な斬撃が正人を襲う。それを恐れることなく、最小限の動作で回避し続ける。反撃する隙はあったが、何もしない。
「それで、本気なのか?」
正人は挑発をする。意味は通じていないが、馬鹿にされたことを感じ取ったゴブリンが、上段から剣を振り下ろす。大ぶりな攻撃を右手に持ったナイフで軌道をそらして、左手のナイフで喉を突き刺した。
ゴブリンは目を大きく開き、恨むような表情をしたまま力尽きて倒れる。ドサリと、地面に重い物が落ちた音がした。それと同時に、魔力が入り込み体が温まる。奥を見ると弓を持ったゴブリンが消えかけていた。
他にモンスターが出現しないか、警戒しながら魔石を回収する。残念ながらスキルカードといったドロップ品はなかった。
「奇襲が成功すれば三匹でも問題なしか」
同じようなことはできる新人は何人もいるが、誰にでもできるわけでもない。レベル一に限って言えば、正人の実力は上位20%に含まれるのは間違いなかった。それでもまだ足りないと、モンスターを求めて歩き出す。
生活費のため、憧れの宮沢愛と同じ舞台に立つため、強さに対して貪欲だった。強い探索者がモテるという事実も、正人の気持ちを後押ししている。
そうでもしないと命をチップに生活費を稼ぐ正人は、バラ色のスクールライフを送っている元友人に強い嫉妬を覚えてしまい、自ら選んだ選択を後悔してしまいそうだったのだ。
その後も、五匹の群れで襲ってきたグリーンウルフを正面から倒し、ゴブリンを後ろから羽交い絞めにして暗殺したりと、様々な戦法を試しては経験を積んでいき、また体内に魔力を貯めていった。
「今日の稼ぎは一万五千円か。同じ時間でも二層の方が実入りはいいね」
夕刻になり、探索を切り上げた正人は帰路につく。東京ダンジョンの出口にまで来ると、ふさぐような人混みがあった。
ダンジョンを探索するには似つかわしくない、普通の服装をした人々が多い。肩にカメラを乗せた男性やマイクを持った女性がいることから、有名探索者の取材に来ているのだろうと正人は考えた。
日本人では唯一のレベル四到達者の道明寺隼人か、もしくは貴重な回復スキルをもった小鳥遊優か、アイドルであり探索者でもある宮沢愛なのか? といった、想像を膨らませながら通路の端を歩いていく。
通り過ぎるときに横目でチラリと取材相手を見ると、予想していた三人がいたのだ。他にも正人が知らない男性が二名いる。男性三名、女性二名のパーティーだった。
「これから大規模遠征ということですが、意気込みを教えてください!」
マイクを持った女性のリポーターが、アイドルだと見間違えてしまいそうなほど容姿の整った道明寺隼人に質問をした。
「目指すは十五階層を突破することです。当然、ボスが出現することも予想されますが、そのために最強のパーティーを結成しました。問題ないでしょう。絶対にフロアを開放してみせます!!」
ボスと呼ばれる強力なモンスターは五層ごとに出現する。次の階層へ行くのを阻むかのように、階段の前で待ち受けているのだ。
数人程度では勝てないと一般的には考えられていて、何十人という人間を集めて戦うことが多い。当然、取材を受けている五人以外にも遠征に参加する探索者はいる。代表として取材にこたえているのだ。
「へー、レベル四になると言うことが大きいね」
小声で言ったつもりだったが、身体能力の高い道明寺隼人が聞き取るには十分だった。
「そんな端っこで嫌味をいうくらいなら、必死に戦ってレベルでもあげるんだな」
「ウッ」
正人は嫌味で言ったつもりはなかった。慌てて謝罪しようとしたが、五人を囲っている人々から非難するような目で見られていることに気づき、止まってしまう。
誰もしゃべらない気まずい時間が過ぎていき、
「それは言いすぎですよ」
宮沢愛がフォローする言葉を発したことで終わる。
「ちっ、わーった。で、他に聞きたいことがある人は?」
もう正人を注目する人はいない。明日になれば、ほとんどの人が顔すら覚えていないだろう。憧れている女性には届かないどころか、助けてもらってしまったのだ。稼ぎが良かったのにも関わらず、正人の心は昨日より曇っていた。
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