第112話この業界の常識を教えてやるよ
「私の仲間に何か用でも?」
話しかけながら、正人は四人組の男性を押しのけて里香の前に立った。
突然の乱入者に相手は敵意を露わにしたが、正人の顔を見ると納得した表情をする。彼らは美都と同じ雑誌を見ていたので何者なのかわかったのだ。
「補給所に新顔が来たって噂になっていたから、挨拶してたんだよ。そんな顔するなって」
親しげな笑みを浮かべながら、男性の一人が正人の肩に手を置く。痣ができそうなほどの力を込めた。
「で、親切な俺らは、そこの三人にここを案内しようと思ってる。どいてくれないか?」
犯罪者やモンスターとの戦いに慣れた正人が、この程度で怯むことはない。スキルは使わず肩を掴まれている手を強く握る。痛みによって、正人を脅している男性の顔が歪んだ。腕を引こうとするがピクリとも動かない。
二人とも同じレベル二ではあるが、正人の方がレベル三に近く強化の度合いは高い。スキルを使えば、その差はさらに広がるだろう。
警戒はしていたが想像していた以上に強いと、正人にからんだ男性は助けを求めるように仲間を見る。異変を感じた三人の男性は正人を囲った。
「新人のくせに生意気な奴だな」
正人はにらみつけるが、その程度では怯まない。腕を掴まれている男性は仲間の加勢によって調子に乗って、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。
若い新人の探索者。たったそれだけのことで、正人は侮られてしまったのだ。これがユーリだったら状況は全く違っていただろう。
「だったらなんですか?」
ここで引いたら今後もずっとなめらたままだ。正人は強気な態度に出た。
「この業界の常識を教えてやるよ」
「ナンパに失敗したら逆上するのが常識ですか? もう少し笑える冗談を言ってもらえませんかね」
「こいつ……ッ!」
挑発するように正人が嗤うと、囲っていた男性たちが切れた。
腕を振りかざして殴ろうとする。
それを怪力スキルを使った冷夏が止めた。
「正人さんを攻撃するのでしたら、容赦はしません」
汚物を見るような冷たい目で言い放った。冷夏の言葉を証明するかのようにヒナタと里香は、それぞれの武器の柄に手を当てて構える。
正人は腕をつかんでいた男性の手を離して、蹴り飛ばすとナイフを抜こうとする。
宿に入ってきた存在に気づいて動きを止めた。
「おいおい、何だこれは」
酒焼けした男性の声だった。坊主頭でひげも生えていて、体格もよく引退した中年プロレスラーのように見える。大股で歩いて正人たちに近づく。里香たちをナンパしていた男性たちは彼を見て、一気に態度を急変させた。
「ち、違うんだ。新人に声をかけただけで……」
正人に蹴り飛ばされた男性は慌てて立ち上がると言い訳をしようとする。
坊主頭の中年男性は胸倉をつかんで、顔を近づけた。
「だけで? 続きを言ってみろ」
「…………」
「黙ってても分からねーぞ」
「新人をからかってただけだ。まだ何もしてねぇ」
坊主頭の中年男性は男性を投げ捨てた。
宿のエントランスに置かれた椅子をなぎ倒して壁に頭をぶつけてしまう。
短時間で二度も吹き飛ばされる不運な男性だった。
「俺が管理する補給所で、下らねぇことするな」
仲間の三人が駆け寄って倒れている男性を担ぎ上げようとしている。その様子を見ながら坊主頭の中年男性が話を続ける。
「今回は正直に言ったから許してやろう。だが、次に同じことをしたら、二度とここには入れないと思えッ!!」
「わ、わかった」
誰が言ったのかわからないほど小さな声で返事をすると、里香たちをナンパしていた四人の男性は逃げるようにして宿から出ていった。
戦いは回避された。残った坊主頭の中年男性は正人を見ると、口を大きく開いて輝くような笑みを浮かべる。
「お前たちのことは協会から聞いてる。新人なのに、よくここまでたどり着いたな! 歓迎するぞ!」
手を差し出されたので、正人が代表して手を握る。
「私のことを知っているんですか?」
「もちろんだ! 神宮正人が率いる四人組のパーティーは有名だからな」
そう言って豪快に笑った。
破竹の勢いで探索する階層を進めている正人は、業界内では有名になっている。たった数ヶ月で九階層にまで到達したのは、道明寺隼人以来だと話題になっているのだ。いや、それを上回るかもしれない。
先ほど逃げ出した四人も、当然その噂は知っていた。自分たちが勝てる相手ではないこともわかっていたが、年下が自分より強く有望だという事実に耐えられず、嫉妬心からちょっかいを出してしまったのだ。有名になれば他人からの嫉妬や妬みからは逃れられない。早くも正人はそういった現実に直面したのである。
「と、紹介が遅れてすまん。俺は、この補給所の総責任者の草薙だ」
総責任者とは物資の貯蓄量やこの場の防衛、さらには治安までを一気に管理している。草薙が二度と利用するなと言ってしまえば、本当に利用できなくなるのだ。探索協会の職員としては中堅どころではあるが、この補給所に限って言えば絶対の王者という立場と言ってもいい。
「神宮正人です。よろしくお願いします。後ろにいる女性はパーティーメンバーの立花里香さん、七瀬冷夏さん、ヒナタさんです」
正人の紹介にあわせて三人は頭を軽く下げた。
その態度を見て草薙の機嫌がよくなる。
「探索者にしては珍しく行儀がいいじゃねぇか! お前たちを歓迎するぜ!」
強い奴が偉い。特に九階層までたどり着くような探索者は、そのような考えを持つものが多い。そんな人間とは違った感性を持つ正人たちに、草薙は好感を持ったのだった。
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