第77話これってフラグってやつだね!!

 ホテルの朝食を食べ終わると、探索用の装備を車に積んで、沖縄ダンジョンへと向かう。場所は南城市にある玉泉洞だ。国内最大級の鍾乳洞は、30万年もの時間をかけて作られたと言われている。


 鍾乳洞の全長は5000メートルもあり、天井や床から不揃いの鍾乳石が、100万本以上も生えている。沖縄では知らない人もいないほど有名な場所だ。


 観光スポットとして整備されているので、鍾乳洞の中にはライトがあり明るい。鉄板の通路もあって、子供が一人で歩いても迷うことはないだろう。


 そんな毎日多くの人が訪れる場所に、二十五年前、一つの穴が生まれた。


 深さは十メートル少し。そんなに深くはない。


 降りた先も鍾乳洞となっているが、玉泉洞とは違って、整備されていない。周囲は暗く、地面は濡れて歩きにくい。滑り止めをしていない靴で歩こうとしたら、まともに進めないだろう。


 そこが、正人が探索をすることになった、沖縄ダンジョンであった。


 出現するモンスターはカニやカメといった動物をベースにしたものが多く、ゴブリンやオークといった人型は出現しない。同じ一層でも、東京ダンジョンより難易度は高く、ここで探索者デビューをする人はいない。他のダンジョンで経験を積んだ探索者が、腕試しとして挑戦するのだ。


「さて、今日から数日間は、ここで探索をする予定だ。観光気分から切り替えよう」


 探索用の装備一式を身に着けた正人が、沖縄ダンジョンの入り口で、里香たちに注意を促す。


 周囲には探索協会が手配したカメラマンが待機しており、シャッター音を鳴らしながら、注目の新人が沖縄ダンジョンに入る姿を撮影していた。近くにはライターも待機しており、彼だけはダンジョン内も同行する。


 注目の探索者密着24時! といった見出しで、体験記を探索協会の公式サイトに掲載する予定だ。


「はいッ!」

「もちろんです」

「がんばるね!」


 それぞれが、上ずった声で返事をした。


 他人に見られながら、それも後で記事として公開されるのであれば、緊張しても仕方がないだろう。カメラを意識して、時折、髪を整えようと頭を触っている。


「隊列を確認するよ。先頭は俺、その後ろを里香さん、真ん中をライターの智樹さんと冷夏さん。最後尾はヒナタさんに任せた」


 正人は索敵のスキルがあるので先頭を、ヒナタは背後から奇襲を受けても、念話(限定)のスキルで危険を冷夏に伝える事ができる。


 探索と、ライターの護衛を迅速に行えるようにと、考えられた順番だった。


「よし、行こうか!」


 鉄板の通路から飛び降りて、ダンジョンの入り口となっている穴を、ロープにつかまって降りていく。地面に足がつくと、周囲を見渡してモンスターがいないことを確認した。


 ——索敵。


 念のためにスキルも使うが、マーカーは一つも浮かばない。


 探索者すら見当たらなかった。


「立地と難易度の問題があって、不人気だと聞いていたけど、本当に人が少ないんだな……」


 地元の人間は、難易度の問題でまずは東京ダンジョンで経験を積んでいく。生き残れば、そこから他のダンジョンへと羽ばたいていくのだが、沖縄ダンジョンより魅力的なところは多いので、戻っては来ないのだ。


「モンスターはいないみたいだ。一人ずつ降りてきて!」


 上を向いて声をかける。返事が返ってくると、里香がロープを伝って降りてきた。


「あっ……」


 形の良い尻が無防備にさらされている。体に密着するタイプのズボンなので、下着のラインが浮かび上がっていた。


 朝の事件のこともあるが、特に里香は、意外にも男性に無防備な姿をさらすことが多い。正人は、変な男につかまる前に、ちゃんと話しておこうと決めるのであった。


「本当に、何もないですね」


 里香が地下に降り立つと、周囲を見渡す。


 最初は警戒していたものの、左右に長く伸びる通路だけで何もないことがわかり、すぐに警戒を解いた。


「話に聞いたとおりの不人気ダンジョンだね。探索の環境が悪いことも、一つの要因らしい。滑り止めはつけているけど、地面には気をつけようね」

「はーい!」


 元気よく返事をした里香は、降りてくる人の邪魔にならないようにと、移動しようとする。一歩足を踏み出した瞬間に、足を滑らせてバランスを崩してしまった。


「危ない!」


 正人が背中に手を回して、優しく受け止める。一緒に転びそうになったが、背中を壁にぶつけることによって、なんとか回避することができた。


「大丈夫?」


 覗き込むようにしてみる正人の顔が近い。


 照れてしまい、里香の顔が赤くなる。


「ご、ごめんなさい」


 今度は滑らないように気を付けながら、正人から離れる。


 しばらく、里香は顔をほんのりと赤くしたまま無言だったが、ヒナタが降りてきたことで一気に雰囲気が変わる。


「とうちゃーく! うぁー狭いね! なんだか、あの時の通路を思い出すね!」


 ヒナタは東京ダンジョンの四層目で、細い階段を下っていき、モンスターハウスに遭遇したことを思い出していた。


 正人や里香も言われてから思い出し、そして、また何か不吉なことが起こるのではないかと、脳裏によぎってしまった。


「嫌なことを思いださせないで。口に出したら、本当に不吉なことが起こっちゃいそうだよ」

「あっ! これってフラグってやつだね!!」


 危機感はなく楽しそうにするヒナタと、縁起が悪いと嫌がる里香、さらに続いて降りてきた冷夏も話に乗ると、ダンジョン内がにぎやかになる。


 いつも通り、正人は一歩離れてその姿を眺めていると、後ろから声をかけられた。


「いやはや、にぎやかですね」


 探索スキルで近づく存在に気づいていた正人は、ゆくりと振り返る。


 探索協会が雇ったライターの智樹がいた。


「落ち着きがなくて、お恥ずかしい限りです」

「入り口だとモンスターはほとんど出現しないので、どこの探索者パーティーも似たようなものですよ」

「そんなものですか?」


 探索者とのつながりが薄い正人は、他のパーティーがどういったスタイルで探索をしてるのか興味を持った。


「そうですね。むしろ正人さんのパーティーは良いほうです。座り込んでしゃべる人たちもいるので。確率は低いとはいえ、襲われたらどうするんだ? と、心配してしまう人たちもいますからね」

「それは、兼業の方々では?」

「いえいえ、探索者一本で稼いでいるプロの方々にもいますよ。たいていの場合は、レベル一で五層目は突破できない程度の能力しかもっていませんけどね」


 そういった有象無象の探索者とは違うと、正人をほめながら、智樹は目の前の光景をメモしていくのであった。




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