第78話冷夏ちゃん行くよっ!
正人たちはダンジョンの奥に進むことにする。
索敵スキルを使いながら、トラップだけは目で見て確認していく。正人は経験豊富なユーリから、ダンジョン内に点在するトラップの特徴を教わっていたので、異変がないか探しているのだ。
そして、訓練した成果はすぐにあらわれる。
「止まって」
左手を軽く上げて進行を止めると、正人は一人で数歩先に進む。
しゃがんで地面を見ると、一部だけ色が違うことに気づく。
「落とし穴だ」
一層目からトラップが出現したが、沖縄ダンジョンにおいては、珍しいことではない。踏んだ瞬間に死亡するような者ではないが、非常に危険なトラップが設置されている場所なのだ。そういった事情も、初心者が訪れない要因の一つになっている。
「解除するから動かないでね」
近くに転がっている石を持つと、色が変わっている床にたたきつけた。
ピシッと音を立てて、地面の中心からクモの巣状にヒビが入って崩れる。
現れた穴の深さは、二メートルほど。下には水が張っており、巨大な鮫が歯をガチガチと鳴らしながら、待ち構えていた。
『罠探知:ダンジョンが設置したトラップが発見できる』
『罠解除:ダンジョンが設置したトラップが解除できる』
トラップの発見と強引な解除によって、正人は同時に二つのスキルを覚えた。
罠探知のスキルを使うと、索敵スキルのレーダーマップ内に黄色いマーカーが浮かび上がる。また壁や床などに隠されたトラップは、黄色いもやが出るようになるので、目視でも確認できる便利なものだ。
罠解除については、トラップの部分を触りながらスキルを使うと、一定の確率で解除できるというものだった。成功率は正人が覚えているトラップ解除の知識に依存するので、引き続き勉強が必要になるが、今回みたいな簡単なトラップであれば、解除率はほぼ100%だと思ってよい。特殊な道具を必要としないので、こちらも非常に便利だが使い手の少ないスキルだ。
「解除できたから先に進もうか」
「これって、解除に入るの!?」
解除といえば、動作させずに無効化するイメージの強かったヒナタが突っ込む。
「無効化ができない場合もあるし、罠に引っかからなければ解除になるんだよ」
「えぇ!! なんだか納得がいかないな~!!」
正人の答えに不満そうな顔をするヒナタ。
智樹は、そういった何気ない会話や動作をメモしていく。
その内容は事実を客観的に書いているとは言えなかった。戦闘能力だけではなく、ダンジョン全般の知識も豊富で、仲間との関係も良好。それが急成長の裏側を支えているなどと、話が非常に盛られている。実態とは異なるような記事になりそうだった。
「通路のはじは歩けるから、気を付けて前に進もう」
落とし穴の横を歩いて、トラップを回避して進んでいく。
地図を見ながら道を確認していると、索敵スキルがモンスターをとらえた。
赤いマーカーが三つ浮かんでいる。通路を歩いているようで、正人の方に近づいていた。
「この通路の奥からモンスターが来ます。私が遠距離から攻撃を仕掛けるので、近づかれたら里香さん、冷夏さんで対処してください。ヒナタさんは智樹さんの護衛をお願いします。特に、後ろには気を付けてくださいね」
指示を聞くと、里香と冷夏が正人の前に立つ。ヒナタは智樹の腕を引いて、巻き込まれないようにと後ろに下がった。
リーダーである正人の指示に疑問を挟むことなく、迅速に行動する三人を見て、智樹は驚く。
「みんな、正人さんを認めているんですね」
「そうだよー! デビュー時期はそんなに変わらないけど、経験が圧倒的に違うからね。ヒナタもお姉ちゃんも、正人さんの指示ならなんでも聞いちゃうかなッ!」
「それほどですか」
智樹は資料で見た、特殊オーガの討伐、ダンジョン内の犯罪者討伐に貢献した話を思い出した。
紙面上では当たり前のように書かれているが、どれも新人の探索者が生き残れる事件ではない。なのに、メンバーは欠けることなく、また、探索者としての活動を続けている。
運だけで生き残ったのだと思っていた智樹だったが、ようやく運を手繰り寄せる実力もあったと、お世辞ではなく本気で思い始めることとなる。
「カニだよ! カニ!!!! 美味しそう! 茹でて食べたいね!」
ついにカニの形をしたモンスターの姿が見えた。
猛スピードで、正人たちに迫っている。
「そうだねぇ~。ヒナタちゃんは食いしん坊だ」
のんきな発言をしたヒナタに、いい加減な返事をした智樹は、初戦闘を見逃さないようにと、正人を見る。
火の玉が三つ、周囲に浮かんでいた。
「ファイアーボールを覚えているのか」
しかも複数個をコントロールできるほど、スキルの使い方に習熟している。戦闘が始まる前だというのに、智樹は驚きっぱなしだ。
「先頭に当てて勢いを止める!」
宣言と同時に火の玉がカニに向かう。
二つは体に、一つは足に直撃した。
腕のはさみが燃えて、足が吹き飛ぶ。
先頭を走っていたカニは転倒すると、炎をまとったまま後続を巻き込んだ。里香と接敵するまで、あと数メートルところで勢いが止まる。
「冷夏ちゃん行くよっ!」
「うん!」
里香が飛び込んで、剣を振り上げる。ファイアーボールが当たったカニを上下に切断して、トドメを刺した。すぐに右側に回り込み、もう一匹を追撃する。
冷夏も負けじと、左側に回り込む。生き残ったカニに薙刀を振り下ろしたが、ハサミに当たり、両断までには至らない。ギリギリと押し合いが始まったので、冷夏はスキルを使うことを決める。
――怪力。
筋力と肉体の強度が数倍に跳ね上がった。
先ほどまでは互角だったが、一瞬にして冷夏の力が勝る。
ハサミごとカニを両断すると、ダンジョンの床にまで切れ込みを入れてしまった。
里香も倒し終わると、カニは魔石を残して消えていく。
「いやー! すごいですね!」
興奮さめやらぬ智樹が正人に近づいた。
「スキルのコントロールが上手い! それに、冷夏ちゃんも強いですね! ダンジョンの床に切れ込みを入れるなんて、ものすごい力なんですねッ!」
ピキリ。
冷夏が青筋を立てる。
怪力が可愛くないという理由でスキルを気に入っていない冷夏にとって、智樹の発言は、誉め言葉としては受け止められなかったのだ。
『ここで暴れたら、あることないこと書かれちゃうよ!!』
剣呑な雰囲気を察したヒナタが『念話(限定)』のスキルを使って、冷夏に注意をした。
突然、脳内に言葉が響いたこともあり、一瞬にして冷静さを取り戻す。
『ヒナタ、ありがとう。助かった』
『気にしないで! ヒナタたちは二人で一人だからね!』
『そうだったね』
冷夏は、ふぅと、怒りと一緒に息を吐いて、智樹の質問攻めにあっている正人を見ていると、里香が話しかけてきた。
「ワタシより先に倒すなんて、すごいね! 負けてられないなぁ~!」
「ありがとう! これから、もっと頑張るから!」
レベルが上がったとこで、再び里香と肩を並べて戦えるようになった。
足手まとい、おまけとしてではなく、戦力として活躍出来たことに、冷夏は充足感を感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます