第79話勝てますか?
初戦を無事に終えた正人たちは、順調に探索を続ける。
罠感知、罠解除のスキルを覚えたこともあり、問題は何一つ起こっていない。すべてのトラップを発見、対処している姿はとても新人とは思えなかった。
また全員がレベル二ということもあり、魔物が集団で襲ってきても問題にならず、どんどん倒して魔石を集めていく。沖縄ダンジョンを体験するという目的を大きく外れて奥に進んでいき、気が付いたときには五階層にまで進んでいた。
目の前には大きな扉がある。この中に入るとボスがいるはずだ。
「順調すぎて怖いね……」
「これが普通だと思います。正人さんは、ちょっとだけ考えすぎだと思いますよ」
数々のトラブルを経験した正人がつぶやくと、里香が突っ込む。
モンスターハウスに遭遇して戦い終わった後に、強制転移されるようなトラブルなんて、普通は発生しない。
「ねーねー。行くの? 帰るの?」
退屈そうにしているヒナタが質問した。
全員がレベル二、さらにスキルもいくつか覚えている。仮にもう一度、特殊個体のオーガと戦っても余裕を持って倒せるほどに成長している。気軽に「行く」と答えても良いのが、正人はメンバーの意見を聞くことにした。
「里香さんはどう思う?」
「ワタシは……わがままを言って良いのであれば、戦ってみたいです。あの時とは違う。ちゃんと戦えるんだって、証明したいんです」
正人は冷夏とヒナタを見る。
「私も里香ちゃんと同じ意見で、戦えるって証明したいです」
「ヒナタも~!」
「なるほどね。三人とも似たような考えか……」
全員が戦いたいと思っているので悩む要素などないのだが、それでも正人は決断しかねていた。
「智樹さんはどうしたいですか? ボス部屋に入ったら貴方を守る余裕がないかもしれません。もしかしたら、私たちが負けて死んでしまう場合もあるかもしれません。それでもボス部屋に入りたいと思いますか?」
この場でもう一人意見を聞かなければいけない人がいたからだ。
レベル一にすら至っていない彼は、本来であればダンジョンにすら入れない。無力な存在。探索協会から特別に許可されているとはいえ、本人の意思を確認するのは大事だ。
「一つ、質問をしても良いですか?」
「ええ、答えられる内容であれば」
「ここに出現するボスのことは知っていますか?」
「ビックタートル。固い甲羅に守られた亀のモンスターですよね。攻撃はかみつきとブレス、長い尻尾を使った回転攻撃。防御力が高く、倒すのに時間がかかると聞いています。それと稀にトラップが発生するらしいですね」
今回の沖縄ダンジョン探索の参考として、探索協会から押しつけられた資料に書いてあった内容だ。精度は高い。他にも探索者が戦った内容が記録されており、正人は十分に対策している。
「勝てますか?」
智樹の言葉に正人は強くうなずいた。
安心しろ。任せてくれ。そんな言葉が聞こえてきそうなほど、自信に満ちあふれた顔を見て、不安になる者はいない。
「それでは、行きましょう。ボス戦の取材は初めてではありませんし、私の心配は不要です。むしろ、その程度の覚悟がなければ、探索協会の仕事なんてうけませんよ」
明るく笑う智樹を信じることにした正人は、ボス戦に挑むと決める。
「……わかりました。そうしよう。ヒナタさん。護衛お願いできる?」
「まかせてー! 応援してるね!」
ヒナタの声を背後で聞きながら正人はボス部屋に繋がるドアを押すと、地面にこすれる低い音と共に開かれるのであった。
◆◆◆
部屋の中にはなにもなかった。モンスターの姿は見えない。床や壁、天井が淡く光っているため、明るさは十分ある。物が一切ない広い空間なので、ビックタートルが隠れているようなことはない。
「中に入る」
正人が先頭となり、里香、冷夏、智樹とヒナタの順で入っていく。
全員がボス部屋に入ると自動でドアが閉まると、部屋の中心の床が光り出した。
「里香さんは左側、冷夏さんは右側に回り込んでください!」
指示に従って二人が走り出す。光を中心にして三人が囲い終わるのと同時に、光が消えて全長5メートル近い巨大な亀が出現した。
頭には小さい突起のような角があり、尻尾は長く先端にはトゲの付いたハンマーが付いている。
沖縄ダンジョン五層目に出現するボス、ビックタートルと呼ばれているモンスターだ。
「クァーーー!!」
ビックタートルが頭を上げて叫び声を上げた。
隙だと思った正人がスキルを使う。
――エネルギーボルト。
光り輝く矢がまっすぐ飛ぶ。ビックタートルは首と手足を甲羅に引っ込めて回避すると、尻尾を出した状態で回転した。
三人はバックステップで尻尾に付いているハンマーを避けるが、ビックタートルの攻撃はそれで終わらなかった。回転しながら里香の後を追い始めたのだ。
「なんで回りながら動けるの!?」
全力で走りながら里香が叫ぶ。
当たればレベル二とはいえ、無事では済まない威力を秘めているので、本人は必死なのだが観客の二名は少し違った。
「里香ちゃん頑張れ~~!!」
「美しいフォームですね。彼女は陸上部だったのかな?」
ヒナタが気の抜けるような応援をして、智樹は変なところで感心していた。
一方、冷夏と正人は近づけず眺めている。
自動浮遊盾を使えば尻尾の勢いを抑えることもできるだろうが、使ってしまえば智樹から川戸にスキルの情報が伝わってしまい、なぜ自分と同じスキルを使えるのか問い詰められてしまうだろう。
そんなきっかけがあれば、スキル昇華の存在にまでたどり着いてしまう。そんなリスクは犯せないので、一般的なスキルで戦うしかなかった。
「私が止める!」
――ファイアーボール。
正人の周囲に火の玉が三つ浮かぶ。温度ではなく爆発力を高め、放った。
走っている里香の横を通り過ぎて、迫るビックタートルと床の間に着弾する。三連続の爆発とともに爆風が里香を襲い、バランスを崩して前転しながらゴロゴロと転がった。
「イタタタタ……」
頭や背中を打ち付けた里香が立ち上がる。背後を見ると、ビックタートルがひっくり返っている姿があった。
冷夏が薙刀で尻尾を切り落としているので、短い手足をばたつかせ、もがいているだけ。何も出来ない。
「トドメをお願いします!」
ビックタートルの腹に冷夏が飛び乗る。
――怪力。
ドンと低い音がボス部屋に響いた。素手で殴ったのだ。一回では効果がない。二回、三回と殴りつける。ピシっと乾いた音がなる。さらに連続で殴り続けていると、甲羅が完全に崩壊して中身が出てきた。
「うぉぉぉおおお!!」
声を上げて冷夏が全力で殴り続けると、ビックタートルが小さい悲鳴を上げて血を吐き出し、力尽きる。素手でボスを倒してしまったのだ。
重力を感じさせないような華麗に着地した冷夏の顔には、返り血がべったりと付いていた。
「ここのボスは弱いですね」
「そ、そうだね」
顔を引きつらせながら、正人はなんとか返事をしたのだった。
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