第260話 人間性を疑うよ

 鬼族の侵略宣言によって会議が中断された正人たちは、谷口の手配した渋谷にあるホテルへ移動していた。


 人数分の部屋を用意されているが、鬼族の建国宣言に不安を感じた女性陣は正人の部屋に集まっているが、誰もしゃべらない。


 ヒナタはベッドの上でゴロゴロとしており、里香や冷夏はスマホでSNSの反応を見ていた。


『モンスターって日本語を話せたのかよ』


『人類以外に高度な知能を持った生物の登場か。これは有史以来、初の危機かもな』


『いよいよ日本終了するか?』


『元から終わっているから大丈夫』


『むしろ鬼族に降伏したほうが生活レベル上がるかもよ』


『クソな老害がいなくなるなら、一度更地にしてもらうのもありかもな』


『俺は反対だ。今の地位を守りたい。さっさと鬼族を滅ぼせよ』


『むしろ滅ぶのは人類の方だろ。さっさとこんな世界終わってしまえよ』


『これは他国が作ったCG映像だ。実際の神津島は、外国人に滅ぼされているよ』


 初めて出会った人類以外の知的生命体が侵略してきたというのに、人類の意見は分かれている。


 全体的には鬼族排除のコメントが多いものの、降伏や陰謀論も根強くある。人類共通の敵が現れたというのに、心が一つになれないのだ。


 誰もが自分には関係ないと、好き勝手な発言を無責任にしている。


「身勝手な人たち」


 嫌悪感をたっぷり含んだ声で、里香が呟いてしまったのも無理はない。何とかしなければいけない側の人間なのだから。


「だよねぇ。今も奴隷のように扱われている人がいるのに。どうして降伏した方が良いなんて発言が出来るんだろう。人間性を疑うよ」


 同調したのは冷夏だ。隣の里香も首を縦に何度も振って同意している。


 最前線で戦う予定の彼女たちにとって、鬼族の下につこうという考え自体が許せないのだ。


 人間として至極当然の感情であるのは間違いないが、だからこそ分断が起きているのに気づけてない。結局の所SNSで好き勝手発言している人も、里香たちも、自分の置かれた立場から発言をしていて相手を非難し、認めないという部分においては同じなのである。


「他人は関係ないよ」


 スマホで弟に神津島を奪還する計画に参加すると伝えていたえ終えた正人は、世間に文句を垂れ流していた二人に言った。


 人類のためにもモンスターと戦い死んでいく探索者を、エンタテインメントとして楽しんで馬鹿にするような人たちがいるのだ。


 どんなに良いことをしても否定的な考えは出てしまう。


 正人はとうの昔に、全員が同じ気持ちになれるなんて甘い幻想は捨てていた。


「ずっと前から私たちは批判されながらも、モンスターに苦しめられる人たちを助け続けてきたじゃないか。他人の言葉じゃなく、自分の心を信じて動かないか?」


 目立つような活躍をしていた正人だけでなく、女子高生探索者として有名になった冷夏とヒナタ、そして同年代の里香もネット上で批判されることは多かった。


 心ない言葉をぶつけられたのも一度や二度ではない。


 その度に泣き出しそうになったが、自分の信じる正義のためと言い聞かせ、耐えてきたのだ。


 今回もまた同じことをするだけ。正人はそう言いたかったのである。


「自分の心を信じるんだったら、ヒナタは戦わないことを選びたいかなーーーっ!?」


 ベッドから飛び跳ねて里香に抱きついた。受け止めきれず、二人は絨毯が敷かれた床の上に倒れる。


「大切なのはお姉ちゃんや里香ちゃん、後は正人さんたちだよっ! 知らない人なんてどうでもいい。だから、計画なんて投げ捨てて逃げ出しちゃわない?」


 彼女の直感が、モンスターと一線を画す鬼族を危険だと警告を放っている。戦えば無事では済まないと怯えていたのだ。


 まさかいつも前向きなヒナタから、こんな提案が出るとは思わなかったと、里香は驚きのあまり質問してしまう。


「もしワタシが、ヒナタちゃんの意見に賛同して逃げると言ったらどうするの?」


「安全な外国に行こうよ。ヒナタは暖かいところが良いなぁ~」


「侵略者が来たら?」


「逃げる! 最後の最後まで逃げ続けるっ!」


 あまりにも幼稚な考えだが、里香の苛立った気持ち和ませる効果はあった。


 冷静に考えられるようになった彼女は、破滅につながる逃避を提案してしまった友人を説得するべく、真っ直ぐ目を見ながら思いの丈を語ることにした。


「ヒナタちゃん。よく聞いて。ワタシはね、この日本が嫌い。助けて欲しいときに世間は見捨てたんだ」



 たいした成績は残せず金がないのであれば、探索者になってモンスターに食い殺されるまで働け。それが十六歳の少女に日本という社会がしたことだ。



 恨みの一つや二つ、持っていて当然だろう。



「親や社会から見捨てられ、厳しい労働を強いられる人たちのおかげで、何とか日本が回っているのに知ろうともしない人たちなんて、もっと大っ嫌い。正直、みんな死んじゃえって思ったときもあった」


 高校生でありながら社会に見捨てられ、探索者としてお金を稼ぐしかなかった里香は、ラオキア教団に入信していた未来だってあっただろう。


 市民を助ける少女ではなく、社会を破壊する少女としての人生だ。


 道を踏み外さなかったのは正人がいたからであるが、だからといって見捨てられたと感じた気持ちが消えるわけではない。常に残り続けている。


「でもね。友だちもできたし、死んで欲しくないなって人もいる」


 思い浮かべたのは烈火や春、同じマンションに住む人たちの顔だ。


 人生を救ったのが正人だとしたら、彼らの存在は人を思いやる心を取り戻してくれた。


「だから守るために戦う」


 それが鬼族の根絶する宣言だというのは分かっている。


 非戦闘員だって手にかけることもあるだろう。そういった未来があると予想しても、里香は言い切ったのである。


「ヒナタちゃん、ごめんね。ワタシは、すべてを見なかったことにして逃げるなんてできない」

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