第261話 それが鬼族の住む島でも?

 里香の熱い言葉に冷夏が触発された。内に秘めていた気持ちが静かに放たれる。


「私も里香ちゃんと結論は同じ。でも、理由は違う。私は誰かを守りたいんじゃない。私が自由であり続けるために鬼族と戦いたい」


 長いこと搾取される生活を続けていた冷夏は、他人のためではなく自分自身のために抗おうとしている。


 鬼族の奴隷になってなってしまったら、何のために叔母の束縛から解放されたのかわからなくなってしまう。


 ようやく人生を歩き始めたのだ。侵略者ごときにつぶされてたまるか。


 そんな熱い気持ちが腹の中に渦巻いていて、冷夏の戦意を高めている。


「ねぇ、ヒナタ。逃げた先に私たちの自由はあると思う?」


「……わかんない」


 姉と親友が自分の意見に賛同してくれないとわかったヒナタは、珍しく肩を落としていた。


 もう何も考えたくない、考えられない。そんな気持ちが脳内を支配していく。「誰かの言うとおりに動いた方がいいじゃん。その方が楽だよ」なんて自暴自棄な思いすら抱いてしまっていた。


「考えるのを放棄しちゃダメ。ちゃんと答えを出して」


 双子である冷夏は、そんなヒナタの気持ちは手に取るようにわかる。


 あえて普段とは違って突き放すような言葉を投げかけ、自分で選んでもらおうとしていた。


「答えがやっぱり逃げようでもかまわない。私たちは一緒に行ってあげられないけど同じ人はいっぱいいるだろうから、一人にはならないよ。安心して」


「お姉ちゃん……」


 どうすればいいのかわからなくなったヒナタは、目に涙を浮かべてしまう。もうすぐ泣き出してしまいそうだ。


 なんで最初、逃げようと提案したのだろうか。考えてみると深い理由はない。


 今回の計画は危ない。参加しなければ仲の良い人たちと長く一緒にいられる確率が高いと感じただけ。


 でも側にいたい人たちは誰も逃げない。戦おうとしている。死んでしまうかもしれないのに。と、ここまできてヒナタは一つ気づく。


 自分が死んだ想像をしても恐ろしくないのだ。


 逆に冷夏が死ぬ場面を想像すると身が引き裂かれそうな思いになる。この違いは何だと考えるまでもない。


 ヒナタは誰よりも孤独を恐れているのだ。


 自分が死にたくないから逃走を提案したのではないのである。


 もし鬼族と戦うにしても、最初に死ぬのは自分じゃなきゃ耐えられない。そう思うほどに強い気持ちである。


「ヒナタは、みんなと一緒にいられるなら、どこにでもいく。だから置いていかないで」


「それが鬼族の住む島でも?」


「うん」


「負けて死んじゃうかもよ?」


「生まれたときだけじゃなく、死ぬときも一緒になれるね」


「え、うん。まぁ、そうなるかな」


 双子といえども冷夏はヒナタほど他者に依存していないため、先ほどの発言に驚いたが深く訪ねることはなかった。


「だったら逃げない。戦うよっ!」


 目に貯まっていた涙を拭って元気よく宣言した。


 少し悩んだけどすぐに答えが出たことに、満足している。


「お姉ちゃんや里香ちゃん、正人さんと一緒なら、お金がなくても、自由がなくても、死んでもいいって思ったんだ。それがヒナタの生き方」


 一人で生きていけない。そう宣言しているのに等しい。


 それが欠点でもあり、時には強さにもなる。


「だから最後まで戦ってみんなを守るんだからっ!」


 最初とは真逆の答えではあるが、不思議なことにしっくりときていた。


 きっと真に恐れているものが何なのか理解したからだろう。


 恐怖を知り、理解する。それさえできれば、ヒナタの心はもっと強くなるはずだ。


 三人は気持ちが固まると正人を見た。


 あなたはどうするの。なんて言いたそうな目をしている。


「私も参加する」


 応答とを守るのは当然のこと、正人は年下の三人を生きて返すと決意している。


 これで全員の意思は統一された。あとは豪毅たちが方針を決めるまで待てばいいいが、正人は今日中に結論は出ないだろうと思っている。暇な時間が続きそうだと思いつつ、テレビの電源を入れた。


「先ほど発表があり、オーストラリア大陸がモンスターに支配されたそうですっ! 生存者は絶望的だとのこと!」


 海上で船に乗った女性のアナウンサーが叫んでいた。後ろには人類が追い出されてしまった大陸が見える。


「各国はモンスターから取り戻すか緊急会議を開いており、連合を組む可能性もあると――」


 アナウンサーの口が止まった。カメラにアイアンアントソルジャーの姿が映ったからだ。海を泳いで船まで来たのである。次々と侵入していて数は増えている。


 護衛として同行している探索者は戦うが、一匹も倒せずにかみ殺されてしまう。


 それを見て恐怖に怯えた男性は、肩に乗せていたカメラを投げ捨てて逃走する。テレビの映像は船の床だけになった。


「いたい! 助けて!!」


 先ほどのアナウンサーの叫び声が聞こえたものの、すぐに静かになる。数秒遅れて真っ赤な液体が床に広がった。


 アイアンアントソルジャーの一匹がカメラに興味を持って、レンズを覗き込む。口を大きく開いてかみ砕き、テレビの映像は途絶えた。


「あのモンスターは海を渡れるのか。やっかいなことになった」


 この事実は重い。放っておけば他の大陸にまで生存権を広げてしまうだろうからだ。しかもすでに動き出しているので緊急性は高い。


 正人は世界中が討伐するため、すぐに動き出すだろうと予想していた。

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