第259話 お願いだよ、お願い

「実力者を集めた部隊ですか。その方は信用できるんですか?」


「でなければ任せない。名前は教えられないが頼りになるぞ」


 これ以上聞いても何も答えてくれないだろう空気を感じ取った正人は黙った。


「ちなみに報酬もしっかりと用意しているぞ。参加するだけで五千万円、神津島の奪還に成功すれば全員に一億円を払おう」


「一億……っ!? すごいーーーっ!」


 予想を遙かに超える金額を提示されて、ヒナタは椅子から立ち上がって喜んだ。里香や冷夏は強いプレッシャーを感じて頬が引きつっている。


 そんな姿を見た正人は自分だけは冷静になろうと思い、慎重に話し出す。


「成功の条件とは?」


「神津島から鬼のモンスターを殲滅したら成功とみなそう。住民については別同部隊に任せるから、正人君たちは戦いに専念してくれればいい」


「なるほど。条件はわかりました。計画に参加するのであれば全力で戦うつもりですが、現場では予想外のことも起こりやすい。もし撤退するしかないと判断した場合に、何らかのペナルティはありますか?」


「慎重な意見だな」


 弱気な発言をしたことで、豪毅の機嫌はやや悪くなる。


 若いのだから勢いで乗り越えろ、そんな気持ちが含まれてそうな声だった。


「撤退した場合のペナルティはないが、第二次奪還計画が動く。それには参加してもらうぞ」


「強制ですか?」


「お願いだよ、お願い」


 ニヤリといやらしく笑った豪毅を見る限り、断れば何らかの制裁があるだろうと予想できる。


 探索協会の傲慢な態度は気にいらないが、報酬や計画に大きな問題はない。また神津島の住民を助けたいという気持ちもある。


 依頼を受けると決めつつあるが、三人の意見も聞こうとして顔を向ける。


 モニターの映像が急に切り替わった。


「何事だ!?」


 いち早く気づいた豪毅が谷口に叫ぶ。


「鬼のモンスターが配信していると緊急の連絡があって切り替えました!」


「なんだと!!」


 会議室にいる全員の視線がモニターに集まる。


 海が見えるので港付近の映像のようだ。


 画面の中心には浅黒い肌をした女の鬼が立っている。長い白銀の髪を後ろに縛っており、額に一本の短い角がある。ビキニのような露出度の高い服を着ていて、女性的な魅力すら感じられる風貌だ。


 一見すると無防備に見えるが、鬼の筋肉は鋼のように固く肌も通常の刃は通さないため、肌を晒していても問題はないのだ。


「日本の皆さん、はじめまして。レイアです」


 凜とした声が会議室内に広がった。


 流ちょうな日本語を話したことに豪毅や山田が驚いている。


「どうして我々の言葉が使えるんだ?」


「時間をかけて学んだからに決まっています。何を話すのか気になるので黙って聞きましょう」


 正人の言い方に苛立った豪毅ではあるが、この場で騒ぐことはない。


 仕方なく黙り、モニターを睨みつける。


「我々は別世界からきた鬼族です。新しい国を作るため、ダンジョンを使ってこの世界に来ました」


 並行世界の一部が重なってダンジョンが生まれた。この説を裏付けるような発言だが、驚くのはまだ早い。鬼人族の要求はこれからなのだから。


「日本および他の国々には、鬼族を人類と同等の権利があると認め、神津島を含めたいくつかの土地を我が国のものとして差し出すことを求めます」


 土地を奪って人質を取ってから建国を宣言するような発言に、豪毅はさらに苛立つ。盗っ人猛々しいと叫びそうになると、レイアが驚愕の事実を伝える。


「既にご存じだと思いますが、オーストラリア大陸は蟻族が建国するために動いています、他の島々も貴方たちの言うモンスターが支配しようと動いているので、抵抗しても無駄ですよ」


 まさか同時多発的に各地で侵略が始まるとは想像すらしていなかった。豪毅は驚きを通り越して無感情になる。


 日本やオーストラリアだけでなく、世界中で同様の問題が発生しているとなれば、これは世界の危機といえるだろう。探索協会の副会長が判断できるレベルを超えていた。


「我々からのメッセージは以上です。みなさんが賢明な判断をされることを祈っております」


 ぶつっと映像がきれてモニターが真っ暗になり、豪毅の笑顔が映った。


 高い立場になり、さまざまな経験をしたことで人生に飽きがきていた。世界がひっくり返るような驚きなどもう体験できない。そんな諦めを持っていたところに、今回の宣言があったのだから、少年のように心が躍ったのだ。老いた体に活力を感じるほどである。


「鬼族といったか。国を作るから認めろ? お前たちが人類を超える戦力を持っていると示すのであれば考えてやる」


 次に何をするべきか計画を立てながら、豪毅は呼び出した正人たちを見る。


「状況が大きく変わった。神津島奪還計画は一時止める。方針が決まり次第連絡する。谷口が近隣のホテルを手配するから、しばらくはノンビリと待っててくれ」


 言い終わるとすぐに豪毅は会議室から出て行ってしまった。


 山田も後を追うために立ち上がる。


「計画は実行されると思いますが、諸条件が変わるかもしれません。繰り返しになりますが、少しだけ待っていてください」


「わかりました」


 正人の返事に小さくうなずくと、彼女の会議室を出て行く。


 これから政府と長い会議が始まる。前代未聞の事態に、どのような結論が出るのか。誰もわからない。

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