第222話 その人、助ける?

 全てが燃やし尽くされる前に、里香は地面を強く蹴って後ろへ飛ぶ。『ファイヤーストーム』の範囲から逃れられたが全身の皮膚は火傷を負っていて、服の一部は燃えかすになってしまっている。


 幸いない事に防具があるので下着は見えていないが、焼けただれた腕や足などは露出しており、空気に触れるだけで激しい痛みを感じてしまう。


「いくら強いといっても今から逆転なんて不可能です! 諦めて死になさいっ!」


 経験の浅い風華は、飼ったと思い込んでしまい油断している。


 高笑いをしながら優越感に浸っていた。


「なんでモンスターを支配する力があるのに人間を襲うの?」

「憎いからに決まってるじゃないっ! 私を見捨てた全てに復讐するために壊すの!」


 怒りと違い、怨みは長く、強く残り続ける。


 無力な自分が嫌でモンスターに体を許し、死ぬほど辛い目にあいながらも奇跡的にレベルアップまでして手に入れた力は、破滅の道だと分かっていてもテロ活動のために使うしかない。


 とうの昔に後戻りできる地点は越えてしまい、どんな言葉も風華には届かないのだ。


「あなたは大切な人に出会えなかったんだね」


 里香の目に涙がうっすらと浮き上がっている。


 肌を刺す痛みによるものではない。正人と会わなければ似たような運命を辿っていたかもと、自分自身を重ねているのだ。


 親に見捨てられ、生きる目的はなく、未来に希望はない。

 ただ今日の食事のために命を賭けて戦う日々。


 あの日、あの時、正人ではなく教祖と出会っていたら、風華と同じ立場になっていたかもしれないと、想像せずにはいられないのだ。


「何それっ! 死にかけているクセに上から目線。私を馬鹿にするなんて許せない」


 ようやく手に入れた力に同情されて、風華は激しい怒りを感じている。それは自分が真っ当ではないと、汚れてしまっていると、心のどこかで感じているからであり、綺麗なままでいる里香が羨ましいからでもある。


「いいよ。それで。あなたは世の中を怨み、破壊する資格はあると思うから」


 一度は見捨てられた者同士。共感できる部分はある。


「でも資格があるだけ。成功はさせない」


 ずっと孤独だった里香にも大切な仲間ができた。みんな今の社会を必死に生きている。モンスターが地上に出ても日常を守ろうとして戦っているのだ。


 ――自己回復。


 魔力を消費して赤黒くなった皮膚は通常に戻り回復していく。すぐに痛みは感じなくなる。剣を振るってみると体は普段通りに動かせた。


「回復スキルをもってたのっ!?」

「高位の冒険者なら普通に覚えてますよ。常識じゃないですか」

「そんなの知らない……」


 誰も教えてくれなかったから、とまでは言わなかった。惨めな気分になってしまうからだ。


 自分の選択が正しかったと証明するため、風華は考えることを放棄して目の前の敵を殺し続ける。


『私に従う全てのモンスターよ! 目の前の女を殺してっ!』


 支配のスキルによる命令だ。村から離れてい巡回しているモンスターにも声は届く。


 炎の精霊が『ファイヤーボール』を放ち、ゴブリンやグリーンウルフ、トロールたちが土煙を上げながら走ってくる。


 囲まれる前に厄介な敵を倒そうと決め、里香は前に出る。


 火の玉を避けながら炎の精霊を通り抜け、風華の前に立つ。


 一瞬だけ目が合った。


「あっ」


 アダマンタイト製の片手剣が風華の腹に突き刺さる。


 致命傷だ。スキルで回復しなければ死は避けようがない。


 突き刺さった剣を抜こうとしているのか、腕を動かして刀身を軽く握るが、全身から力が抜けてしまって手を離してしまった。


 ――ファイヤーストーム。


 炎の精霊がスキルを発動させた。風華が重傷を負って支配の効果が薄れたこともあり、二人まとめて焼き尽くすつもりである。


 里香は抱きかかえると横に飛び、直後、先ほどまで居た場所に火柱が上がった。


 幸いなことに意識が薄れている風華は、モンスターに裏切られたことに気づいていない。


「探索者を殺して……幸せな世界を……」


 仮に風華たちが現代社会を破壊したところで、モンスターが人間を蹂躙するだけ。脳内に描いている未来は絶対に来ないと里香は分かっているが、何も言わなかった。最後の瞬間ぐらい、理想を夢見るぐらいはさせてあげたかった。


 攻撃を避けられた炎の精霊が、再びスキルを使おうとする。


 ――水弾。


 水の塊が頭、腹に次々と当たり、吹き飛んでしまった。


 地上に出てきた正人が助けに来たのだ。肩に乗せていた教祖を地面に投げ捨てると、ナイフを構える。


「その人、助ける?」


 生き残ったところで怨みが積み重なるだけだ。全てから解放させる方が救いになるだろう。里香は首を横に振った。


「そっか……なら私は戦うことにするよ」

「お願いします」


 里香は正人と一緒に戦うのではなく、風華を看取ろうとしていた。


 激しい戦闘が近くで始まっているのに、二人の間だけは静かだ。


「教祖様……私たちを……お救い下さい……」


 その救いを求めた男は、正人に捕まって身動きはとれない。また仮に自由に動けたとしても風華の代わりはいるため、助けるようなことはしないだろう。あるとしたら影を作る素材として利用されるくらいだ。


 やはり望んでいた未来は絶対、手に入らないのである。


「あなたは頑張りました。もう休みましょう」


 生きるよりも死が救いになるときもある。


 今がその時であった。

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